前漢演義第七十九回 偽の書を見破り逆党を処罰し、刺客の働きで匈奴の王を討つ (識詐書終懲逆黨 效刺客得斃番王)
上官桀父子の恨みと謀反の企み
- 丁外人が侯位を得られなかったことで、上官桀父子と蓋長公主は霍光を深く恨むようになった。上官安は驕慢に振る舞い、太医監充国の減刑を蓋長公主に頼るなど、霍光への反感を募らせた。
- 上官桀は御史大夫桑弘羊(塩鉄専売廃止で子弟が失職し霍光に不満)や燕王旦(帝位を得られず恨みを抱く)と結び、蓋長公主を内応として霍光排斥を画策した。
偽の弾劾書と昭帝の慧眼
- 霍光の外出中を狙い、燕王旦の名を騙った偽の弾劾状を桑弘羊に書かせて昭帝に上奏させた。しかし昭帝はこれを保留し、翌日出仕を控えた霍光を呼び戻して「校閲の日程や兵権の有無から見て偽書と分かる」と看破した。
- 上官桀は上奏者の追及を逃れようとしたが、昭帝は執拗に真相究明を命じ、霍光への信頼をますます強めた。
上官桀一派の逆謀とその露見
- 追い詰められた上官桀は、霍光暗殺・昭帝廃立・燕王旦擁立という謀反を計画し、蓋長公主の宴席で霍光を暗殺する手はずを整えた。
- 燕王旦も呼応の準備を進めたが、燕相・平の諫言を退け、また不吉な前兆が相次いで動揺した。
- 諫議大夫杜延年が陰謀を察知して霍光に密告。霍光と昭帝は丞相田千秋に命じて上官桀・上官安・桑弘羊を捕らえて処刑し、蓋長公主は自殺、丁外人も誅殺された。燕王旦にも詔書で罪状を突きつけると、旦は自ら首をくくって果て、妃妾多数も殉じた。
- 上官皇后は関与なしとして罪を免れた。功のあった杜延年・燕蒼・任宮・王寿らは列侯に封じられ、張安世・杜延年・王訢らが要職に就いた。
烏桓討伐と傅介子の楼蘭王暗殺
- 霍光は烏桓の反抗に対し、中郎将范明友を度遼将軍として派遣。匈奴の動きを見極めた上で烏桓を急襲させ、大勝を収めて封侯された。
- 平楽監・傅介子は樓蘭・亀茲の反覆を糾すため出使し、匈奴の使者を斬るなどの功を立てた。さらに樓蘭王安帰の暗殺を献策し、金帛で油断させた上で刺殺、王弟の尉屠耆を新王に立てた。樓蘭は国号を鄯善と改め、以後漢に服属した。傅介子は義陽侯に封じられた。
評語
- 霍光は幼主を輔けながら内外の敵に囲まれる危うい立場にあったが、昭帝の聡明さに救われた。上官桀父子・蓋長公主・燕王旦は自業自得の滅亡を遂げたと評される。
- 范明友・傅介子の功績のうち、傅介子の樓蘭王暗殺は奇策として評価される一方、堂々たる大国が刺客の謀を用いたことへの批判もある。