前漢演義第五十六回 王美人は縁あって皇后となり、栗太子は廃され重ねて冤罪を被る (王美人有緣終作後 栗太子被廢復蒙冤)
王氏姉妹の入宮
- 景帝の後宮には栗姫のほかにも寵姫がいた。槐里出身の王氏姉妹で、母は臧児といい、もと燕王臧荼の孫女。臧児は先夫王仲との間に一男二女(信、娡、姝児)、後夫田家との間に二男(蚡、勝)をもうけた。
- 相師の姚翁は長女娡・次女息姁の相を見て「二人とも貴になる、長女は天子を生む」と予言した。
- 娡は既に金王孫に嫁ぎ一女をもうけていたが、臧児は富貴を望んで無理に離縁させ、良家の娘として太子(後の景帝)の後宮に送り込んだ。
王美人の懐妊と栄達
- 娡は太子の寵を得て身ごもり、王美人(王夫人)と呼ばれるようになる。まず女児(後の広川王越の母系にあたる)を生み、以後も寵を保った。
- 臧児はさらに次女息姁も入宮させ、姉妹で太子に仕えた。
- 景帝即位の年、赤い猪が天から降りる夢、のち神女が日を授ける夢を見る。姚翁はこれを吉兆とし、王美人も同様の夢を見たと告げる。王美人は男児を出産、幼名を彘、のち徹と改名(後の武帝)。
- 妹の息姁は別に四男(越・寄・乗・舜)を生み、いずれも王に封じられた。
栗姫との寵愛争い
- 栗姫は先に三男(栄・徳・閼)を生み、景帝と「姫が男児を生めば太子とする」との内約があった。徳は河間王、閼は臨江王に封じられたが、長男栄は未封のまま太子含みとされていた。
- 王氏姉妹が栗姫と競い、景帝は榮と徹のどちらを立てるか長らく迷ったが、結局は栄を太子とし、徹は膠東王に封じた。
館陶長公主との対立と婚約
- 景帝の姉、館陶長公主嫖(堂邑侯陳午の妻)は娘の阿嬌を太子(栄)に嫁がせようとしたが、栗姫は嫉妬から断った。長公主は激怒し栗姫と不仲になる。
- 王美人はこの機に長公主に取り入り、阿嬌を膠東王徹に娶わせる約束を結ぶ。長公主が幼い徹に「阿嬌を娶りたいか」と戯れに問うと、徹は「阿嬌を娶れば金の御殿に住まわせたい」と答え(金屋貯嬌の逸話)、景帝も面白がって婚約を認めた。
- 長公主と王美人は結束し、栗姫母子の排除を図るようになる。
栗姫の失脚と太子廃立
- 長公主は景帝に栗姫が呪詛を行っていると讒言。景帝も栗姫の器量の狭さを自ら確かめ、失望する。
- 大行官が「太子の母を皇后に立てるべき」と上奏すると、景帝は怒ってこれを投獄し、同時に太子栄を廃して臨江王に降格した。実際にこの上奏を仕組んだのは栗姫ではなく王美人であった。
- 栗姫は寵を失い、まもなく病没する。
梁王武の帝位への野心
- 太子廃立から徹の立太子までの間、景帝の弟・梁王武が竇太后を通じて兄弟継承(兄終弟及)を狙う。竇太后は乗り気になり景帝に約束させかけるが、太常袁盎が春秋の故事(宋の内乱)を引いて反対し、群臣も同調。景帝はこれを容れ、梁王の望みは絶たれた。
- 梁王はさらに長楽宮への専用道を求めるが、これも袁盎の反対で退けられ、恨みを募らせて帰国した。
王美人の立后と栄の最期
- 景帝は王美人を皇后、膠東王徹を皇太子に立てた。息姁の子越・寄も王に封じられる(息姁は早世)。
- 廃されて臨江王となった栄は、宮殿を増築する際に誤って宗廟の余地を侵し、これを告発されて召還される。出立の際に車軸が折れる不吉な兆しがあり、江陵の民は涙して見送った。
- 都では酷吏として知られる中尉郅都の尋問を受けることになった。
評語
薄皇后は栗姫に排されて廃され、王美人は栗姫を追い落として太子まで廃した。因果応報の巧みさというべきである。景帝は守成の名君でありながら、婦人たちに翻弄されて理由なく皇后を廃し、無闇に子を廃したのは不義・不慈というほかない。王美人は再婚の身でありながら中宮の位についたことも本来ふさわしくない。太子栄が宗廟の地を侵したことは咎められるべきだが、鼂錯が廟垣を通って無罪であった先例と比べれば、栄への処罰は過酷に過ぎる。酷吏郅都を用いて死地に追いやったのは冤罪と言わざるを得ず、栗太子の非業の死は景帝の冷酷さを物語るものである。