前漢演義第二十三回 陳平は河南へ下って謁見し、董公は洛陽で謀を献じる (下河南陳平走謁 過洛陽董老獻謀)
漢王の東進と韓地・河南の平定
- 漢王は韓信らと東進し、河南王申陽の降伏を受けて河南郡を設置する。韓王信も鄭昌を破って韓地を平定し、正式に韓王に任じられる。冬の間は関中に戻り、櫟陽で善政(開墾奨励、社稷改定、三老制度など)を行う。
河内攻略と司馬卬の捕縛
- 春になり漢王は再び東進し、殷王司馬卬を朝歌で包囲する。項羽は斉討伐(田栄敗死、田横による抗戦継続)に忙殺され、河内へは僅かな援兵しか送れない。韓信は樊噲・周勃・灌嬰を使った偽装退却・伏兵の計略で追撃してきた司馬卬を生け捕りにし、司馬卬は漢に降伏する。
陳平の来奔
- 楚の都尉であった陳平が魏無知を頼って漢に投じる。陳平は項羽への不信(司馬卬の件で無実の疑いをかけられたこと)と、黄河渡河時に身の危険を機知で切り抜けた経緯を語る。漢王に謁見し東征の方略(項羽が斉を攻めている隙に彭城を突く策)を説き、都尉・参乗・護軍の要職を得る。
讒言と身の潔白の弁明
- 陳平が諸将から賄賂を受けたことを咎められ、周勃・灌嬰らが「兄嫁と密通した不徳者」との讒言を漢王に訴える。魏無知は才を重んじるべきと弁護し、陳平自身も金を受けねば身を立てられなかった事情を説明して漢王の信を取り戻し、護軍中尉に昇任する。物語はここで陳平の生い立ち(貧しい読書家であったこと、兄嫁との不和が誤解であったこと、富豪張負の孫娘を娶った経緯、社祭で肉を公平に分配し「天下を治める志」を語ったこと)を挿話として補足する。
董公の進言と義帝発喪
- 洛陽で漢王は新城の老人・董公に出会う。董公は「大義名分なく兵を出しても人心は服さない」と説き、義帝暗殺の罪を掲げて項羽討伐の名分とするよう勧める。漢王はこれに従い、全軍に喪服をまとわせ、義帝弔いの檄文を諸侯に発する。魏王豹は従うが、趙の陳余は張耳の首を条件にし、漢王は替え玉の首級を送って趙を味方につける。塞・翟・韓・魏・殷・趙・河南の連合軍五十六万を集め彭城を目指す。
彭城占領と驕り
- 精鋭を斉に割いていた楚軍は寡兵しか彭城に残しておらず、漢軍は容易に彭城を占領する。漢王は項羽の宮殿・財宝・美女に溺れ、酒宴に耽り将士も浮かれ騒ぐ。詩に「彭城で酒宴に興じる今宵、すでに禍いは深く忍び寄っている」と詠まれる。
評語
- 司馬卬の裏切りは項羽の恨みを買うほどのものだが、陳平に連座の責を負わせたのは筋違いであり、これが陳平を漢に走らせ、結果として漢の天下取りに貢献させたと評される。盗嫂の疑いは繰り返し弁明されている。一方で陳平は東征を進言しつつ義帝発喪という大義には及ばず、それを補ったのは市井の老人・董公であった点が指摘される。