楊家將演義第四十六回 韃靼国が宋討伐を議し、楊宗保が西夏を征する (達達國議舉伐宋 楊宗保兵征西夏)

西夏の出兵議論

西夏の達達国王・李穆は、宋が幽州を平定したと知り、群臣に出兵の是非を問うた。左丞・柯自仙は「宋は今や統一の盛時にあり、軽々しく兵を動かせば自ら禍を招く」と諫めた。しかし羌氐族出身の猛将・殷奇(号「殷太歳」)が進み出て、宋の辺境守備が弛んでいる隙を突けば大功を立てられると強く主張した。李穆はこれを容れ、殷奇を征南都総管に任じ、妖術を使う束天神(号「黒煞魔君」)を先鋒、汪文・汪虎を副先鋒、江蛟を軍陣使として十万の兵で雄州へ進発させた。

雄州攻防と宋の援軍

雄州都監・丘謙は兵の少なさを案じつつも、牙将・鄧文と騎尉・趙茂に二千の兵で出撃させた。西番の束天神と激戦の末、殷奇の矢で趙茂が討たれ、宋軍は敗れて雄州は包囲された。丘謙は急ぎ朝廷に救援を求める上表を送った。

真宗はこれを聞いて驚き、柴玉の推挙により楊令公の孫・楊宗保を征西招討使に任命、呼延顕・呼延達を副使、周福・劉閔を先鋒として五万の兵を発した。宗保は無佞府の令婆に暇を告げ、雄州へ向かった。

緒戦

宗保軍は雄州近くに布陣。汪文・汪虎の率いる番兵と交戦し、呼延顕・呼延達の奮戦と丘謙の後詰めにより宋軍が勝利した。敗れた汪文・汪虎の報告に殷奇は激怒するが、束天神が自ら出陣を申し出る。

翌日、束天神は周福と対戦し、偽って敗走するふりをして周福を陣中深く誘い込み、妖法で暴風と幻の魔兵を起こして周福を討ち取った。宋軍は大敗し、呼延顕は辛くも城へ逃げ戻った。

事態を知った宗保が驚く中、劉閔が再度の出陣を志願し、精兵一万を与えられた。