楊家將演義第四十四回 六郎が令公の骸を取ろうと議し、孟良・焦賛が共に落命する (六郎議取令公骸 孟良焦贊雙喪命)

赴任前の猶予願いと軍の解散

封を受けた楊六使は真宗に、老母がいることを理由に赴任の猶予を願い出て許される。府に戻った六使は岳勝・孟良・焦贊・柴敢らに、各々の任地へ赴くよう告げる。従軍を望む兵は連れて行き、望まない者には金帛を与えて帰農させることとし、諸将は次々と任地へ発った。最後まで京に留まったのは孟良・焦贊・陳林・柴敢・郎千・郎萬の六人で、六使は三関の守備兵を呼び戻すため陳林らを三関へ遣わした。

亡父・楊業の霊告

九月のある夜、六使は庭で亡き部下たちを偲び詞を口ずさむ((詞:秋の夜の郷愁と老いを詠む一篇)。就寝しようとしたところ、亡父・楊業の霊が現れ、自分は神として祀られる身となったが、遺骨がなお安らかでないので取り戻して葬るよう告げて消える。

翌朝、六使が令婆に相談すると、令婆は延朗(楊延朗)に真相を尋ねさせる。延朗は、蕭太后がかつて偽の遺骨を紅羊洞に隠し、真の遺骨は望郷台に置いていたこと、以前孟良が持ち帰ったのは偽の骨だったことを明かす。六使は、正式に返還を求めれば再び偽物を渡されかねないとして、孟良に密かに真の遺骨を盗み出させることにした。

孟良の潜入と誤殺

孟良は密命を受けて幽州へ向かう。これを漏れ聞いた焦贊は、手柄を立てようと無断で後を追う。孟良は番人に変装して望郷台に潜入し、真の遺骨を収めた香匣を見つけて背負い降りる途中、後を追ってきた焦贊が暗がりで足に触れて誰何した。孟良は番兵の追跡と思い込み、とっさに斧を振るって焦贊を斬ってしまう。

孟良は誤って焦贊を殺めたことに気づき慟哭する。城を出た孟良は巡回中の老兵(宋出身の屯戍卒)に出会い、遺骨の包みを無佞府の楊六使のもとへ届けるよう託す。その後、焦贊の亡骸を城外へ運び出し、「自分の誤りで焦贊を死なせた」と嘆きながら自刎して果てた。二人の忠勇と非業の死は、後の人々の詩にも惜しまれている((詩:孟良・焦贊それぞれの武勇と最期を悼む二篇)。

託された老巡卒は翌朝、密かに城を出て汴京へと向かった。