楊家將演義第三十三回 呂軍師が南天陣を布き、楊六使が三関に下る (呂軍師布南天陣 楊六使明下三關)
天門陣の構築
呂軍師は陣図に従い、九龍谷に七十二座の将台と五壇、甬道を築かせる。完成後、吉日を選んで諸将に布陣を命じる。
各陣の配置
- 鮮卑国の馬榮に鉄門金鎖陣(正南)を任せる。(詩:陣の堅固さを詠む)
- 黒水国の鐵頭太歳に青龍陣(左)を布かせる。(詩:陣の威容を詠む)
- 長沙国の蘇何慶に白虎陣(右)、耶律休哥に朱雀陣、耶律奚底に玄武陣を配し、犄角の勢とする。(詩:四陣の連携を詠む)
- 森羅国の金龍太子に中央の玉皇大帝坐鎮の陣、董夫人を梨山老母に見立て、四斗星君・二十八宿・玄帝・亀蛇の陣も配する。(詩:星君の陣の巍然たる様を詠む)
- 西夏国の黄瓊女に太陰星、蕭撻懶に太陽星、黄瓊女自身は月孛星として孕婦の呪詛を用いる陣を配し、耶律沙に四方を巡らせ長蛇の陣を結ばせる。(詩:陣門の奇を詠む)
- 蕭后の単陽公主に迷魂陣(僧形の兵と、生き埋めにした孕婦七人の妖術)を配する。(詩:迷魂の妖しさを詠む)
- 耶律吶に西天雷音寺の仏を模した陣を配する。(詩:陣勢の広大さを詠む)
- 全体は椿岩と韓延壽が紅旗の合図で指揮する。昼は陰風冷雨、夜は星々が乱れるという不気味な仕掛けであった。
宋軍への挑発と偵察
椿岩と韓延壽は宋軍に戦書を送り、王全節・李明が九龍谷に出陣するも、異様な陣形を見て驚き即戦を避ける。椿岩は「武で来るなら受けるが、文(陣法)で来るなら陣を見よ」と挑発し、全節は軍を退いて陣図を写し取り朝廷に急報する。
楊六使の召還
真宗が陣図を見ても文武百官の誰も解せず、寇準の進言で三関の楊六使を召還することになる。六使は陳林・柴敢に留守を任せ、岳勝・孟良ら二十二人の指揮使と共に三関を出て入京する。真宗に拝謁し陣図を見せられるが、六使も実地に見なければ判断できないと述べ、九龍谷へ赴く。
陣の観察と真宗の親征
王全節・李明に迎えられた六使は出陣して陣を観察するが、これまでにない複雑な変化に判断がつかず、いったん軍を退く。全節と相談の末、御駕親征を仰ぐことにし、朝廷に急報する。真宗は寇準を監国、呼延贊を保駕、八王を監軍として自ら親征を決意し、九龍谷近くまで進んで正南に布陣する。六使は改めて陣を見るも解けず、翌日の観陣を待つこととなった。