楊家將演義第十六回 太宗が五台山に行幸し、淵平が幽州城で戦死する (太宗駕幸五臺山 淵平戰死幽州城)
五台山参詣と幽州望見
太宗は汴京を発ち、五台山に到着。長老智聡に迎えられ、仏殿で先帝への誓願成就・天下太平・皇統安泰を祈願した。翌日、群臣は帰京を勧めたが、太宗は一日逗留を望み、寺僧に案内させて山の景色を眺めた。(詩:山の壮麗さを詠む)
遠くに広がる原野を指して問うと、潘仁美は「あれは幽州」と答える。太宗が遊覧したいと言うと、八王は「幽州は蕭太后の本拠地、行けば罠にはまる」と諫めたが、太宗は唐太宗の故事を引いて聞き入れなかった。
邠陽での攻防と渊平の犠牲
車駕が邠陽に至ると番兵が行く手を阻んだ。楊淵平が出撃し番将耶律奇を敗走させ、番兵は総崩れとなった。しかし敗残兵から報告を受けた蕭太后は、天庆王耶律尚と韓延寿に一万騎を与えて邠陽を包囲させた。太宗は城中に孤立する。
渊平は代州の父・楊業へ密使として抜け出し急を告げ、楊業は八人の子とともに出兵する。番軍は「楊業は強敵、力戦されては敵わない」と一旦囲みを解いて楊業らを入城させ、消耗を待つ策に出た。楊業も謀と見抜きつつ、まず入城して太宗に拝謁する。太宗は感謝するが、程なく番兵は再び城を包囲した。
楊業は敵情を偵察したのち、漢の紀信が高祖を救った故事にならい、偽りの降伏文書で番軍を欺き、その隙に太宗を脱出させる策を献じた。長子・淵平がこの身代わり役を志願し、太宗は心を痛めつつも承諾する。南門が崩れかけたため、太宗は御袍を脱ぎ、淵平が身代わりとして東門から脱出する太宗の車駕を装い、太宗自身は父・楊業、六郎延昭、七郎延嗣に守られて別に東門から脱出、淵平は二郎延定・三郎延輝・四郎延朗・五郎延徳とともに西門から偽って降伏する手はずとした。
番軍は降伏を信じて受け入れ態勢を取ったが、太宗一行はその隙に脱出。淵平は車上から番将天庆王を弓で射殺し正体を明かして名乗りを上げた。激怒した韓延寿の反撃で淵平は討ち取られ、延定・延輝も相次いで討死。延朗も奮戦むなしく捕らえられてしまった。
(詩:一時の大将の死が、たちまち番臣の命を奪う因となったことを詠む)