楊家將演義第六回 潘仁美が詔を奉じ、呼延賛が単騎で駕を救う (潘仁美奉詔宣召 呼延贊單騎救駕)

張廷臣の上奏

  • 張廷臣は都に戻ると上奏文を書き、太宗に呼延賛が潘仁美の讒言で山へ逃げ帰った経緯を訴え、事実を調べて改めて呼延賛を召し出すよう願い出た。
  • 太宗は激怒し、右枢密の楊光美に事の究明を命じた。

潘仁美の弁明と再宣召

  • 光美は潘仁美を呼び出し、事情を伝えた上で共に太宗の前へ出るよう計らった。
  • 太宗の詰問に対し、潘仁美は「呼延賛が自ら山へ帰ったのであり、自分が追い払ったのではない」と申し開きし、証明のため再び自ら山へ赴いて呼延賛を召すと申し出た。
  • 八王もこれを取り成し、太宗は潘仁美に詔を授けて呼延賛を迎えに行かせた。

呼延賛、再び入朝

  • 太行山では呼延賛が仇の潘仁美を殺そうとするが、李建忠が大義を説いて押しとどめ、二人で潘仁美を迎える。
  • 潘仁美は詔書を読み上げ、非礼を詫びる。建忠は呼延賛を説得し、翌日馬氏と共に潘仁美に従って下山、入朝した。

御果園の故事にならった武芸試し

  • 太宗は呼延賛の武芸を試すため、八王の献策により唐の御果園の故事を再現することにした。八王が「小秦王」役、呼延賛が「尉遅敬徳」役となり、「単雄信」役は選抜で決めることになった。
  • 潘仁美は私怨から婿の楊延漢を推挙するが、延漢自身が八王に密告し危険を回避。代わって教練使の許懐恩が選ばれる。
  • 教場での模擬合戦で許懐恩は八王を追うが射かわされ、呼延賛が「敬徳」として割って入り許懐恩と渡り合う。呼延賛はわざと敗走して許懐恩を御前近くまで誘い込み、金鞭で打ち落とした。
  • 太宗は大いに喜び、呼延賛に黄金・駿馬を賜り、天国寺に住まわせた。

起居碑の一件

  • 太平興国元年二月一日、太宗が太廟へ行幸する際、諸臣は御駕を妨げぬよう「起居碑」を立てて控えるしきたりがあった。事情を知らぬ呼延賛はこれを怠り、御前で潘仁美に見咎められ、冲駕の罪で処刑されそうになる。
  • 通りがかった八王が縄を解かせて助け、事情を聞いて「些細な咎で死罪とは讒言による陥穽に違いない」と見抜き、太宗に取りなして赦免の詔を得た。