楊家將演義第五回 宋太祖が後事を遺言し、潘仁美が英雄を追う (宋太祖遺囑後事 潘仁美計逐英雄)

太祖の崩御と太宗の即位

  • 宋太祖は暑気あたりから病が重くなり、弟の晋王・光義を呼び後事を託す。「河東を取ること」「太行山の呼延賛を用いること」「楊業父子を招くこと」の三事を遺言し、また五台山への祈願の代参も託す。
  • 子の徳昭には金簡を授け、不正の臣を誅する権限を与える。まもなく太祖は在位十七年、五十歳で崩御する。
  • 晋王光義が即位して太宗となり、大赦を行う。

呼延賛・李建忠の召還と潘仁美の讒言

  • 太宗は先帝の遺志に従い、高琼を使者として太行山へ遣わし李建忠・呼延賛を召す。李建忠は寨の守りのため残り、呼延賛のみが妻・馬氏と部下を伴い都へ上る。
  • 太宗は呼延賛の威風に感じ入るが、居所は潘仁美の推薦で荒れ果てた元龍猛寨の皇府となり、賛は不満ながらも軍紀を保って過ごす。
  • 賛の評判の高まりを恐れた潘仁美は腹心の劉旺と謀り、「先帝の掟」と偽って呼延賛に杖刑百打を科し、辱めて追い出そうとする。
  • 賛は重傷を負い、さらに毒を仕込んだ杖のせいで酒を飲んだ後に昏倒するが、老兵から解毒薬を与えられて蘇生する。この老兵から潘仁美の陰謀であることを明かされ、賛は馬氏とともに夜のうちに太行山へ逃げ帰る。

懷州包囲と冤罪の訴え

  • 太行山に戻った賛から事情を聞いた李建忠は激怒し、耿忠・耿亮とも合流して事情を確認する。
  • 耿忠の提案で、賛の受けた不当な仕打ちを朝廷に訴えるべく、懐州城を兵で包囲する。
  • 知州の張廷臣に対し耿忠は「呼延賛が潘仁美の讒言と偽りの旧例により杖刑を受けた冤罪を晴らすため」と説明し、廷臣は事情を朝廷へ上奏することを約し、耿忠らは城の包囲を解いて二十里外に陣を退く。