楊家將演義第四回 和議なり楊業が兵を返し、豪傑が力を発揮する (講和議楊業回兵 迎鑾駕豪傑施能)

楊業の連勝と宋の講和策

  • 宋軍は潘仁美の策で萧华・赵嶷・高怀德兄弟を順に差し向けるが、楊業は萧华・赵嶷を相次いで討ち取り、高怀德とも互角に渡り合い、宋軍は苦戦する。
  • 潘仁美は太祖に苦戦を報告し、太祖は撤兵を考えるが、楊光美は「このまま退けば敵に侮られる」として楊業との講和を進言する。
  • 楊光美が使者として泽州の楊業に赴き、宋の威勢と道理を説いて講和を促す。楊業・趙遂ともに応じ、宋軍は太祖の詔により撤兵する。

呼延賛の車駕差し止めと帰順

  • 撤兵の報を聞いた呼延賛は、李建忠と諮り、宋の車駕を差し止めて甲冑三千・弓弩三千の下賜を求め、いずれ先鋒として尽力する意向を示すことにする。
  • 宋軍の潘昭亮・楊延漢・党進らが次々に差し向けられるが、賛はいずれも打ち破り、あるいは生け捕りにする。高怀德とも五十合以上渡り合い決着つかず。
  • 太祖は楊光美を通じて事情を聞き、望みどおり甲冑・弓弩を下賜する。賛は捕らえた将らを丁重に返し、李建忠とともに太祖に拝謁。
  • 太祖は両名の忠義を認め、李建忠を保康軍団練使、呼延賛を団練副使に仮に任じ、追って正式に召し出すことを約束、二人は山寨へ戻って沙汰を待つ。