東周列國志第九十六回 藺相如が二たび秦王を屈させ、趙奢が単独で韓の囲みを解く (藺相如兩屈秦王  馬服君單解韓圍)

和氏の璧と藺相如

  • 趙の宦官頭・繆賢は行商人から和氏の璧を手に入れたが、趙王に知られて取り上げられそうになり亡命を考えた。舎人の藺相如は、燕王の好意は繆賢が趙王の寵臣だったからこそのものと諭し、自ら罪を請う方が得策だと説いた。繆賢はこれに従い、赦免された。以後、相如を厚遇するようになった。

完璧帰趙

  • 秦の昭襄王は璧の噂を聞き、酉陽十五城との交換を趙に持ちかけた。趙の重臣たちの評議は割れたが、繆賢の推薦で藺相如が使者に立った。
  • 相如は璧を秦王に献上したが、秦王が城を与える気配を見せないと悟り、機知で璧を取り戻し、「城を渡す誠意がないなら、頭も璧も柱に砕く」と迫った。さらに従者に璧を密かに持たせて趙へ帰し、自らは秦にとどまって責めを負う覚悟を示した。
  • 秦王は璧を得られぬまま相如を殺せば信義を失うと判断し、丁重に趙へ帰した。「完璧帰趙」の故事である。

澠池の会

  • その後も秦は城を渡さず、璧の返還を口実に趙王を澠池の会に誘った。藺相如と廉頗が趙王に随行を進言し、趙奢(本文では李牧と誤記されるが趙奢の逸話)の推挙で精鋭を率いさせ、廉頗は期限を切って万一に備えた。
  • 会見で秦王が趙王に瑟を弾かせて記録させると、相如は秦王にも盆缶を打たせて対等な記録を残させ、趙の面目を守った。秦の重臣たちが城の割譲を迫っても、相如は同等の要求で切り返し、秦王は事を収めた。趙王・異人を人質として交わす形で両国はひとまず和した。

刎頸の交わり

  • 帰国した藺相如は上相に任じられ、廉頗より上位となった。廉頗は「口先だけの功で自分の上に立つとは」と憤り、相如を辱めようとしたが、相如は私怨より国家の安全を優先し、廉頗との衝突を避け続けた。
  • 舎人たちの不満に対し、相如は「秦が趙に手を出せぬのは我ら二人がいるからだ」と説き、これを聞いた廉頗は深く恥じ、肌脱ぎで荊を背負って謝罪に訪れた。両者は生死を共にする「刎頸の交わり」を結んだ。この逸話を取り持った虞卿は上卿に取り立てられた。

閼与の戦いと趙奢

  • 秦は楚・魏を相次いで攻略した後、韓の閼与を包囲。趙が救援に赴くこととなり、趙奢が将に選ばれた。趙奢は「狭い穴で戦う二匹の鼠のようなもの、勇敢な方が勝つ」と述べ出兵。
  • 出陣後わざと軍を進めず、秦の間者を欺いて油断させた上で急行し、部将許歴の進言で北山を先に占拠。挟撃によって秦軍を大破し、閼与の囲みを解いた。趙奢は馬服君に封じられ、廉頗・藺相如と並ぶ地位を得た。

趙括の慢心

  • 趙奢の子・趙括は兵法書に通じ弁が立ったが、父はその慢心を見抜き「括が将となれば趙は必ず敗れる」と危惧し、臨終に妻へ「括を将にさせるな」と遺言した。この伏線が後の長平の敗戦につながる。

評語

  • 無名子の詩は、廉頗が肉袒して謝罪した度量と藺相如の忍耐を称え、私利私欲で争う後世の風潮を戒めた。