東周列國志第八十六回 呉起が妻を殺し将となり、騶忌が琴を弾じ相の地位を得る (吳起殺妻求將   騶忌鼓琴取相)

呉起、母を捨てて学問に励む

  • 衛人呉起は若くして母に「卿相にならねば衛には戻らぬ」と誓いを立てて他郷に出、曾参に師事する。母の喪にも服さなかったため曾参に破門され、儒学から兵法へ転じる。

妻を殺して魯将となる

  • 魯に仕えるが斉との縁戚(妻は田氏)を理由に登用を渋られたため、呉起は自ら妻を斬って忠誠を示し、大将に任じられる。士卒と衣食を共にし、膿を口で吸うほど厚遇して兵の信望を集める。
  • 計略を用いて斉将田和を欺き大勝するが、後に賄賂を受けたとの噂を流されて疑われ、魯を出奔して魏の翟璜を頼る。

魏での活躍と秦への出兵

  • 文侯は呉起を西河の守に任じ、呉起は秦を破って河西の地を奪う。
  • 相国選びをめぐる魏成と翟璜の逸話(李克の評)で、人物を重んじた魏成の器量が評価される。
  • 斉の田和が周王に働きかけて諸侯に列せられ、田氏が姜氏に代わって斉を治めるようになった経緯も語られる。

聶政の俠客譚

  • 韓の相国俠累に恨みを持つ厳仲子(嚴遂)が刺客を求めて諸国を巡り、斉で屠夫の聶政と出会う。聶政は当初、老母の存命を理由に断るが、母の死後、単身韓へ赴いて俠累を刺殺し、自らの顔を潰して自害する。姉の聶罃が弟の義を惜しんで名乗り出て、ともに命を絶つ。

魏武侯即位と呉起の亡命

  • 魏文侯の没後、跡を継いだ武侯は田文を相国とする。呉起は自らの功を数え上げて不満を漏らすが、武侯に疑われて楚へ亡命する。
  • 楚悼王は呉起を信任し、冗官の淘汰など富国強兵策を断行して楚を強国とするが、悼王の死後、恨みを持つ貴族らに攻撃され、王の屍にすがったまま射殺される。屍を傷つけた罪で反乱に加わった者たちは後に誅殺される。

斉の騶忌、琴で威王を諫める

  • 田和の孫・威王は酒色に耽り国政を怠るが、琴の名手騶忌が琴の理をもって国政を諫め、相国に抜擢される。
  • 弁論家淳于髡が寓意めいた言葉で騶忌の力量を試すが、騶忌はすべてに的確に応じて信任を得る。
  • 騶忌は即墨と阿の二大夫の実情を調べさせ、不正を働いた阿大夫と賄賂を贈っていた側近たちを処刑して信賞必罰を徹底し、国は大いに治まる。
  • 騶忌の勧めで威王は周王に朝見し、諸侯から尊敬を集める。
  • 秦の孝公も招賢の令を出す(末尾は次回予告)。

評語

髯翁の詩は、呉起が妻を殺し母の喪にも服さなかった非情さを咎めつつ、最後は楚人に討たれるという因果を詠む。別の詩は、呉起が王の屍にすがって仇に報いた機知を評しながらも、公の裁きでなく私怨を晴らしたにすぎない点を厳しく批判している。