東周列國志第八十二回 夫差が子胥を殺し盟を争い、蒯聵を納れ子路が纓を結び死す (殺子胥夫差爭歃 納蒯瞶子路結纓)
子胥の斉行きと訣別
- 越は呉の斉討伐に三千の兵を出す。夫差は伍子胥を疎んじ、伯嚭の勧めで子胥を使者として斉に送り、斉に殺させようと図る。子胥は呉の滅亡を予見し、子・伍封を伴って斉に赴き、鮑息に子を託して匿ってもらう(王孫封と改名させる)。斉は子胥を殺さず開戦期日を伝えて帰す。
夫差の凶夢と公孫聖の誅殺
- 出陣前、夫差は不吉な夢を見る。伯嚭は佞言で吉夢と占うが、夫差は納得できず賢者・公孫聖を召して占わせる。公孫聖は夢を「呉の敗亡・句踐の入城」を示す凶兆と正しく解き、伐斉を止め越に謝罪すべきと諫める。夫差は激怒し公孫聖を撲殺する。
艾陵の戦いと斉の敗北
- 呉・魯連合軍が斉将・国書の軍と艾陵で激突。序盤は斉が優勢だが、夫差自ら精兵を率いて奇襲し、斉軍を大破。国書・公孫揮は戦死、公孫夏・閭邱明は捕らえられ、斉は多大な犠牲を出して講和を乞う。夫差は凱旋する。
伍子胥の死
- 凱旋した夫差は西施との遊興に戻るが、不吉な童謡や不可解な幻視に悩まされる。子胥は勝利を喜ばず「小さな喜びの後に大きな憂いが来る」と諫めて夫差の怒りを買い、さらに伯嚭の讒言(子を斉の鮑氏に託し謀反の疑いあり)により、夫差から自裁の剣「屬鏤」を賜る。
- 子胥は「わが目を東門に懸け、越軍の入城を見届けさせよ」と言い残して自刎。夫差は激怒してその屍を辱め江に投げ捨てるが、住民がひそかに拾い胥山に葬る。(詩:子胥の生涯を悼む長詩)
黄池の会と越の急襲
- 子胥の死後、夫差はさらに驕り、邗溝を開削して北の会盟を目指す。太子友は「蟷螂捕蝉」の譬えで目先の利に溺れる危うさを諫めるが聞き入れられず、夫差は主力を率いて北上、黄池で諸侯と会し晋と盟主の座を争う。
- その隙に句踐は范蠡らと呉を急襲。太子友は越軍に敗れて自刎し、越軍は姑蘇台を焼き払う。急報を受けた夫差は動揺を隠し、威嚇の陣立てで晋を圧倒して盟主の地位(呉公の号)を得るが、帰路で自軍の劣勢を知り越に敗れ、伯嚭を通じて越に講和を求め、赦される。
衛の内乱と子路の死、孔子の死
- 魯で麒麟が捕らえられ孔子はこれを瑞兆の途絶と嘆き『春秋』を編む。斉では陳恒が闞止を討ち簡公を弑して権力を握る。
- 衛では亡命中の世子蒯瞶が渾良夫や姉・孔姫の手引きで潜入し、孔悝を脅して政変を起こし荘公として即位、出公輒は魯へ逃亡する。孔悝の家臣・子路は義のため城に駆けつけて戦死し、遺骸は塩漬けにされて孔子のもとへ届けられる。孔子は「由(子路)は死ぬだろう」と予見していたとおりの結末を悲しみ、まもなく七十三歳で没する。