東周列國志第八十回 夫差が諫言に背き越を赦し、勾践が力を尽くし呉に仕える (夫差違諫釋越   勾踐竭力事吳)

越の入朝準備と別離

  • 文種の報告を受け、句踐は財宝と美女三百三十人(呉王へ三百、太宰へ三十)を用意し入朝の途に就く。国を離れるにあたり群臣と今生の別れを惜しみ、文種・范蠡がそれぞれの役割(文種は内政、范蠡は句踐に同行して艱難を共にする)を誓う。
  • 浙江のほとりで文種が前途を祝う辞を述べ、范蠡が付き従う。夫人は江辺で嘆きの歌を詠む。(詩・歌:離別の悲しみを詠う)

石室での屈辱

  • 句踐夫婦は呉に入り、闔閭の墓のそばに設けられた石室に幽閉され、馬飼いの賎役につかされる。范蠡が側に仕え、伯嚭が食を融通する。
  • 夫差はたびたび句踐の赦免を検討するが、伍子胥の諫言でその都度取り消される。范蠡は占いにより赦免の兆しの真偽を見極め、句踐を励ます。

嘗糞の逸話と赦免

  • 夫差が病んだ際、句踐は范蠡の勧めに従い、見舞いと称して夫差の便を嘗め病状を占い、快復の期日を的中させて夫差の信頼を得る。
  • 夫差はこれに感激し、句踐を客礼で遇して赦免を決める。伍子胥は「虎を野に放つに等しい」と強く反対するが容れられず、句踐夫婦は帰国を許される。

帰国と臥薪嘗胆

  • 句踐は会稽山に城を築いて遷都し、范蠡・文種を重用して富国に努める。人口増加策、税の減免、民との労苦の共有などを行い、常に苦い胆を嘗め会稽の恥を忘れぬよう自らを戒める(臥薪嘗胆の由来)。
  • 呉に恭順の姿勢を示すため貢物を絶やさず、領土を広げることを許されるまでに信頼を得る。

姑蘇台の造営と文種の七術

  • 夫差は伯嚭の勧めで姑蘇台の大改築を企てる。文種は「呉を滅ぼす七つの計略」(財貨で歓心を買う、穀物を高く買い占めて呉の蓄えを空にする、美女を贈る、名工良材を贈って浪費させる、佞臣を近づける、諫臣を除かせる、富国強兵に努める)を句踐に説く。
  • まず良材を献じる策として、越は山中から得た神木を姑蘇台建設のため呉に献上。子胥は受け取りを諫めるが容れられず、巨大な姑蘇台が長年月をかけて築かれ民は疲弊する。
  • 文種は次に、美女を集めて呉に献じる計略を句踐に進言する。