東周列國志第七十一回 晏嬰が二つの桃で三士を殺させ、楚平王が息子の嫁を娶り世子を逐う (晏平仲二桃殺三士 楚平王娶媳逐世子)
斉景公の善政と覇権志向
- 斉景公は晋の弱体化を見て自らも覇を唱えようとし、晏嬰の勧めで刑罰を緩め租税を軽くする善政を行う。徐を討って服属させ、日増しに国力を強める。
齊邦三傑と「二桃殺三士」
- 田開疆・古冶子・公孫捷は武勇に優れるが驕り高ぶり、公卿をも軽んじる存在となっていた。晏嬰はこれを国家の禍根と危惧する。
- 魯昭公の来朝の宴で、晏嬰は稀少な金桃六個を功績に応じて分け与える案を出す。三人はそれぞれ自分の功を誇って桃を求め合うが、最も功の大きい田開疆に桃が回らなかったことから、面目を失った三人は次々に自刎して果てる。
田穰苴の登用と軍法
- 晏嬰は三傑に代わる人物として田穰苴を推挙。景公はためらいつつ登用し、燕・晋の侵攻に対して将軍に任じる。
- 穰苴は監軍として派遣された寵臣・荘賈が約束の時刻に遅参したため軍法により斬首。景公が助命の使者梁邱据を送るが、使者の乗り物が軍令違反として車と馬を破却される。軍規の厳正さに諸軍は震え上がり、晋・燕の軍は戦わずして退いた。
晏嬰と穰苴の清廉
- 景公が夜、酒宴の続きを晏嬰・穰苴の私邸で楽しもうとするが、両者ともに国事にかこつけて拒み、結局は佞臣梁邱据のもとでのみ歓を尽くす。史臣はこの対比を通じ、晏嬰・穰苴の公私分明を称える。
晋の内紛と斉の台頭
- 晋では韓起・羊舌肸が没し、内紛(祁氏・羊舌氏の族滅)が続く。斉景公は諸侯を集めて魯の内紛を調停するなど、晋に代わり存在感を高めていく。
呉王僚の即位
- 呉では季札が王位継承を固辞し、逃れて延陵に隠棲。夷昧の子・僚が王位に即く。公子光(後の闔閭)は将として用いられ、楚と戦って戦功を挙げる。
蔡の内紛と費無極の暗躍
- 蔡平公の没後、庶子東国が費無極の入れ知恵で嫡子朱を退け、蔡侯の位を奪う。
- 費無極は楚の世子建の縁談として秦の公女孟嬴を薦めるが、その美貌に目をつけ、平王自身に娶らせるよう讒言。世子には随行の侍女(斉出身の女)を「秦女」と偽って娶らせるという欺瞞を仕組む。
世子建の失脚
- 事情を知らぬまま平王は孟嬴を寵愛し、子(珍)を得る。費無極は世子建が城父で謀反を企てていると讒言し、平王に伍奢を召喚させる。
- 城父司馬奮揚は密かに世子建へ逃亡を促し、建は宋へ亡命。奮揚は自ら縛につき、真実を述べて忠義を貫き、平王に赦される。
伍奢の召喚策
- 費無極はさらに、亡命した世子建の後ろ盾となりうる伍奢の二子(尚・員)を除くため、伍奢に偽りの赦免を条件とした召喚状を書かせる。伍奢は次男・員が来ないであろうことを見抜きつつも、王命に抗えず筆を執る。