東周列國志第七十回 楚平王が三兄を殺し即位し、斉魯晋を脅し盟を求める (殺三兄楚平王即位 劫齊魯晉昭公尋盟)

靈王の乾谿駐留と鄭丹の諫言

  • 靈王は許・胡・沈・道・房・申の六小国を荊山へ強制移住させ、さらに周の九鼎を狙う野心を語る。徐の討伐に乗り出し、乾谿に大軍を留めて越冬する。
  • 大雪の中、右尹鄭丹が古詩「祈招」を引いて靈王の奢りを諷諫するが、靈王は聞き流し、狩猟や築台にふけって帰国しようとしない。

蔡公棄疾らの叛乱計画

  • 蔡の朝吳(歸生の子)は宰の觀從とともに、靈王が国を留守にしている隙をついて蔡を復興させる策を練り、蔡公棄疾の名を騙って晋の子干・鄭の子晳を呼び寄せる。
  • 二人が蔡に着くと、朝吳は既成事実を突きつけて棄疾を挙兵に巻き込み、陳・蔡の兵を集めて郢へ進軍させる。

郢の占領と靈王の落魄

  • 蔡洧・鬥成然らの内応もあり、郢はあっさり陥落。令尹薳罷は自刎して死ぬ。世子祿らも殺され、子干が王位に即き(子晳が令尹、棄疾が司馬)、旧靈王の子らは討たれた。
  • 乾谿にいた靈王は我が子らの死を知って号泣し、軍心が離れて手勢はほとんど散り去る。逃避行の末、単身で農民の申亥の家にたどり着き、手厚くもてなされるが、悲嘆のうちに縊死する。申亥は自らの二人の娘を殉死させて靈王を葬った。

蔡公の帰還工作と子干・子晳の自滅

  • 蔡公棄疾は追討をあきらめ、朝吳の策で「靈王の大軍が迫っている」との偽情報を郢に流させる。これを信じた子干・子晳は絶望して自刎し、宮中も大混乱に陥る。
  • 鬥成然が兵を収めて蔡公を迎え入れ、蔡公は即位して名を熊居と改める(楚平王)。かつての「當璧」の予言どおりとなった。靈王の遺骸は後に探し出されて改葬された。

楚平王の善政

  • 平王は靈王時代の非道を正し、陳・蔡の宗祀を復興させて陳惠公(吳)・蔡平公(廬)をそれぞれ立て、旧領・財物を返還した。功臣(鬥成然・陽匄・伍奢・その子伍尚ら)を登用し、諸国は大いに喜んだ。

世子建の立太子と費無極の台頭

  • 平王の長子・建が世子に立てられ、伍奢が太師となる。佞臣費無極が世子の少師となり、世子建に疎まれたことから怨みを抱き、令尹鬥成然を讒言で誅殺させるなど暗躍を始める。

平邱の会盟と晋・斉の駆け引き

  • 晋の昭公は諸侯を集めて覇権の立て直しを図る。斉景公が晋を訪ねた際、水を渡る途中で愛馬が大黿にさらわれるが、勇士古冶子がこれを斬って救出する挿話が挟まれる。
  • 投壺の席で晋・斉双方が対等な言葉を用いたことから軋轢が生じ、晋は武力を誇示して諸侯を平邱に集めて再び盟を結ばせる。魯の季孫意如が拘束される一幕もあったが、子服惠伯の説得で釈放された。この会盟以降、諸侯は次第に晋を軽んじるようになる。

評語

史臣は詩で、驕った心のまま楚を真似て台を築いた晋の諸侯が、かえって諸国の離反を招き、盟主の実を失ったことを嘆いている。