東周列國志第六十五回 崔慶が斉光を弑し権を専らにし、甯喜が衛侯衎を復して政を専らにする (弒齊光崔慶專權  納衞衎甯喜擅政)

崔杼、荘公を弑す

  • 崔杼は妻棠姜と密通を続ける荘公を恨み、仮病を使って自邸に誘い込み、伏兵で襲わせる。荘公は塀を越えて逃げようとするが射られ、刺殺される。
  • 州綽・賈舉・邴師ら荘公の近侍は次々と殉死あるいは自害。晏嬰だけは崔氏邸に赴いて荘公の屍に哭礼を尽くすが、崔杼は人望を恐れて手を出さない(近侍たちの一途な忠死を讃える詩が挿まれる)。
  • 崔杼は公子杵臼を立てて景公とし、自ら右相、慶封を左相として群臣に血盟を誓わせる。晏嬰は「君に忠あり社稷に利あれば」という条件付きの誓いで応じる。

太史の直筆

  • 崔杼は太史伯に荘公の死を「瘧疾」と偽らせようとするが拒まれ、「崔杼其の君光を弑す」と直書される。崔杼は太史伯とその弟二人を次々に殺すが、四番目の弟季もひるまず同じ文言を書き、南史氏も同文を用意していたため、崔杼はついに直書を許す(史官の筆を曲げなかった気概を讃える詩が挿まれる)。

晋との和解と斉国内外の動き

  • 崔杼は賈豎に罪を着せて処刑する。慶封が晋軍に荘公誅殺の経緯を釈明し朝貢を約束、晋は矛を収めて斉と和睦する。
  • 衛から斉へ逃れていた殖綽は州綽・邢蒯の死を知り帰国する。
  • 呉王諸樊は巣を攻めて戦死、弟餘祭が立つ(兄弟継承の遺志を語る)。

衛の献公復位工作

  • 衛の重臣寧殖は死に際、子の寧喜に「亡命中の献公を復位させよ」と遺言する。寧喜は公子鱄(子鮮)の保証を得て献公復位を約束。
  • 右宰穀は献公の人柄を確かめに赴くが、献公の享楽的な言葉に失望する一方、子鮮の誠実な言には信を置く。

孫襄殺害と殤公廃立

  • 寧喜は孫林父の子・孫襄を家兵で急襲。難戦の末、公孫丁の矢が命中し孫襄は落命する(この故事を詠んだ詩が挿まれる)。
  • 寧喜は殤公を廃して太廟に幽閉し鴆殺、献公を夷儀から迎えて復位させる。太叔儀は一連の経緯に責めを負い一時出奔を図るが献公に慰留される。
  • 復位した献公は寧喜に政を専断させ、殖綽・公孫丁ら功臣を厚遇する。

孫林父の対抗

  • 孫林父は戚邑を晋に付けて援軍を求め、晋兵を茅氏に駐屯させる。寧喜もこれを知り、殖綽に晋の駐屯兵を襲わせる構えを見せる。