東周列國志第四十一回 連谷城で子玉が自殺し、践土の壇で晋侯が盟主となる (連谷城子玉自殺  踐土壇晉侯主盟)

城濮の決着

  • 鬥越椒と成大心が晋の中軍に突入し帥旗を射落とすが、荀林父・先蔑らが駆けつけて応戦。先軫・郤溱、欒枝・胥臣・狐毛・狐偃も加わり楚軍を包囲する。
  • 成得臣は左右両軍の壊滅を知り退却を命じるが、晋軍は楚軍を幾重にも包囲。成大心と勇猛な鬥越椒が奮戦して父・得臣を救い出し、辛くも重囲を脱する。
  • 文公は先軫に「楚兵を宋・衛の境から追い出すだけでよい、深追いするな」と命じ、楚の恩に報いる形をとる。命令に背いて出戦した祁瞞は捕縛される。 (詩:晋文公が恩義を守り深追いを戒めたことを称える詩)

成得臣の自刎

  • 敗走する得臣一行は晋将魏犨に行く手を阻まれ苦戦するが、文公が「亡命時代の恩に報いる」として見逃すよう命じ、辛くも連谷へたどり着く。
  • 得臣は自軍の大敗を恥じ、鬥宜申・鬥勃とともに連谷に留まって処罰を待つ。楚成王は自裁を厳命し、得臣は諫めを聞かず佩剣で自刎して果てる。
  • 蒍賈の進言で楚王は宜申・鬥勃には免死の恩赦を送るが、間に合わず成得臣のみが死ぬ。子文は「得臣の敗北は自分にも予見できなかった」と嘆き、憂いのうちに世を去る。楚では蒍呂臣が令尹となるがまもなく死去し、鬥般が後を継ぐ。

晋軍の凱旋と軍紀粛正

  • 文公は楚軍の遺した糧秣を得ながらも「勝って驕るな、得臣ほどの敵はまだ他にいる」と警戒を怠らない。斉・秦の援軍は分捕り品を分けて帰国する。
  • 命令違反の祁瞞は趙衰の裁定で斬首され、軍規の厳しさを示す。渡河の準備を怠った舟之僑の一件も先軫の機転(懸賞で民船を集める)で解決し、大軍は無事に黄河を渡る。

踐土の会と晋侯の覇権確立

  • 帰途、周の王子虎が晋の戦勝を賀するために来訪。文公は趙衰の献策で踐土に仮の王宮を築いて周襄王を迎える段取りを整え、途中で鄭とも和議を結ぶ。
  • 踐土に諸侯が集まり、周襄王が親臨。晋文公は楚から得た捕虜・戦利品を献上し、王は感謝の言葉を述べる。翌日、周王は晋侯を方伯(諸侯の盟主)に正式に冊命し、儀式に用いる品々を授ける。諸侯は晋を盟主として盟約を結ぶ。 (詩:晋の覇業樹立を称える複数の詩)

衛の内紛(叔武・元咺への疑い)

  • 一方、亡命中の衛成公は、讒言する公子歂犬の言により、留守を任せた弟・叔武と大夫・元咺が国を簒奪しようとしていると疑い始める。
  • 元咺は疑いを晴らすため我が子・元角を人質として衛侯のもとに送るが、歂犬はなおも讒言を重ね、衛侯の疑念は深まっていく。
  • 踐土の会に参列した叔武は、晋文公に兄・成公の復位を願い出て許される。話は次回、衛侯の復国の顛末へと続く。