東周列國志第四十回 先軫が謀略で子玉を激らせ、晋楚が城濮で大いに交戦する (先軫詭謀激子玉 晉楚城濮大交兵)
顛頡・魏犨の処分
- 趙衰が晋文公の命で重傷の魏犨を見舞う。魏犨は胸の傷を包んで跳躍して見せ、忠誠と回復ぶりを示した。
- 曹の僖負羈の家を焼いた罪で顛頡が捕らえられ、趙衰の裁定により斬首。首は北門に晒され、軍令違反を厳しく戒める。
- 同行しながら諫めなかった魏犨も右戎の職を解かれ、舟之僑が代わる。将士は君命の重さを知り、三軍が畏れ慎むようになった。
(詩:軍法を厳格に行う難しさを詠んだ史官の詩)
楚の宋包囲と斉・秦への働きかけ
- 楚成王は宋の都・睢陽を包囲する一方、衛救援のため出兵するが、晋がすでに曹を撃破し曹伯を捕らえたと知って驚く。
- 楚王は公子雍らを召し戻して穀の地を斉に返し講和、成得臣には晋と軽々に戦わぬよう戒めて自らは兵を引く。令尹子文も晋との衝突を避けるよう進言し、楚王もこれに従う。
- しかし成得臣は自らの武功を頼み、王の意向に反して宋への攻撃を緩めなかった。
先軫の離間策
- 宋の大夫・門尹般らが晋に窮状を訴え救援を求める。先軫は、宋からの賄賂を斉・秦へ分け与えて両国に楚への和睦仲介を頼ませつつ、曹・衛から奪った領地を宋に与えて楚の宋への恨みを煽る策を献じ、文公もこれを採用する。
- 斉の崔夭、秦の公子縶がそれぞれ成得臣のもとへ和睦の口添えに赴くが、折しも曹・衛の田土を晋に奪われたことに怒っていた得臣に拒絶され、両国はかえって晋側に傾く。
宛春の使いと先軫の計略
- 楚将宛春の献策で、成得臣は宛春を晋に遣わし「曹・衛を復国させれば宋の囲みを解く」と持ちかける。
- 先軫は、密かに曹・衛の復国を約束して楚陣営から離反させる一方、使者の宛春を捕らえて成得臣を激怒させる策を狐偃・欒枝と練り、文公も同意して宛春を五鹿に幽閉する。
- 晋は曹伯・衛侯にそれぞれ復国と引き換えに楚との断交を求め、両国とも楚へ絶縁の書を送る。
成得臣の激怒と出陣
- 宛春の拘束と曹・衛の裏切りを知った成得臣は激怒し、宋の包囲を解いて晋討伐に転じることを決める。
- 鬥越椒の勧めで楚王に増兵を求めるが、楚王は乗り気でなく僅かな兵しか送らない。得臣の子・成大心も一族の兵を率いて参陣する。
- 楚軍は中軍(得臣)・左軍(鬥宜申+鄭・許)・右軍(鬥勃+陳・蔡)に分かれ、晋の大軍に迫った。
晋文公の退避三舍
- 先軫の主戦論と、狐偃の「かつて楚王に受けた恩に報い、約束どおり三舍退くべし」との説とを容れ、文公は九十里退いて城濮に布陣する。斉・秦の援軍も合流し、囲みを解かれた宋も参戦する。
- 楚軍は晋の退却を弱腰と誤認して追撃、成得臣は険地に拠らず戦いを急ぐ。文公は不吉な夢を見るが、狐偃に吉夢と解かれて安堵する。
- 楚からの挑戦状に晋は儀礼的な返書で応じ、両軍は城濮で対陣する。
城濮の戦い
- 先軫は虎の皮を被せた馬で楚の右軍(陳・蔡)を混乱させ、胥臣・白乙丙がこれを撃破。陳の轅選を討ち取り、鬥勃を負傷させて敗走させる。
- 欒枝は偽の敗走で楚の左軍を誘い出し、先軫・郤溱の伏兵と狐毛・狐偃の反撃で鬥宜申の左軍を挟撃・壊滅させる。
- 成得臣の中軍は動かず様子を見るが、子の成大心が出陣して祁瞞と互角に渡り合う。鬥越椒が矢で祁瞞を射て動揺させ、中軍への突入を叫んだところで話は次回に続く。