東周列國志第三十七回 介子推が志を守り綿上で焼かれ、太叔帯が寵を頼み宮中に入る (介子推守志焚綿上 太叔帶怙寵入宮中)
懐嬴の輿入れと余党の懐柔
- 文公は秦の穆公に感謝し、正式な婚礼の礼で懐嬴を迎えて晋に連れ帰り夫人に立てる。国人は歓喜し、王城への逃亡から一転しての栄えある帰国を人々は寿いだ。
- 呂郤の残党への処置を巡り趙衰の勧めで大赦を行うが、なお不安が消えない中、かつて文公の財を盗んだ小吏頭須が「自分のような者を側に用いれば人心は安まる」と進言、文公はこれを御者に用いて疑心を解く。
家族の再会と後継の定め
- 文公は蒲城に残していた前妻偪姞との子女(驩・伯姫)を頭須の助力で呼び戻し、驩を太子に、伯姫を趙衰の妻とする。
- 翟の季隗、齊の姜氏も晋に送られ、それぞれ夫人の序列が定められる。趙衰の妻趙姫は、先に嫁いでいた叔隗(季隗)の子盾の才を認め、自ら正妻の座を譲る美徳を示し、盾が趙氏の嫡子となる。
論功行賞と介子推の隠棲
- 文公は従亡の功臣を三等に分けて手厚く賞するが、下僕の壺叔にも道理を説いて納得させ、魏犨・顛頡はやや不満を漏らすも咎めない。
- 清廉な介子推は功を誇ることを恥じて賞を求めず、母と綿上の山中に隠棲する。近隣の解張が代わりに訴えの詩を宮門に掲げ、文公はこれを見て慌てて子推を捜すが見つからない。
- 文公は子推を燻り出そうと山に火を放つが、子推は母と共に木の下で焼死する。文公は悲しみ、その地を「介山」と改め祠を建てて祀った。これが寒食節の由来となる。
周王室の内紛への布石
- 文公は善政を敷いて国を治め、周襄王から侯伯の任命を受ける。
- 鄭が滑を攻めたことを巡り周王が仲裁に入るが鄭に拒絶され、王は激怒。大夫富辰の反対を押し切り、頹叔・桃子の勧めで翟の力を借りて鄭を討たせる。その功により周襄王は翟から叔隗を娶り后とする。
隗后と太叔帯の密通
- 叔隗は狩猟を好む奔放な女性で、狩りの席で腕を見せた太叔帯(襄王の異母弟、かつて王位を狙い出奔した過去を持つ)に強く惹かれる。
- 二人は惠太后への挨拶を口実に密会を重ね、太后の宮女たちも見て見ぬふりをする。
- ある夜、太叔帯が宮女小東に無体を働こうとして拒まれ剣で追い回す騒ぎとなり、小東が襄王に直訴。襄王は激怒し寝室から剣を手に中宮へ向かう。