東周列國志第三十六回 晋の呂郤が夜に公宮を焼き、秦穆公が再び晋の乱を平定する (晉呂郤夜焚公宮 秦穆公再平晉亂)
狐毛・狐偃の悲報、秦の支援決定
- 狐毛・狐偃は父狐突の死を知り慟哭するが、趙衰らに促され重耳に事の次第を報告する。重耳は「復国の暁には仇を討つ」と約束し、秦の穆公に事情を訴える。穆公は「これは天が晋国を公子に授けたもの」と即座に助力を決める。
- 晋の大夫欒枝の子欒盾が密かに訪れ、「新君懐公は猜疑深く民心を失っており、内応の用意がある」と伝える。占いも吉と出て、重耳は秦に出兵を要請、穆公は自ら河まで見送ると約束する。
秦の後ろ盾で黄河を渡る
- 穆公は九龍山で盛大な餞別の宴を催し、重耳らを厚く送り出す。周襄王十六年正月、秦軍とともに黄河を渡る。
- 渡河に際し、壺叔が長年使った古い調度をなお大事に船に積み込むのを見て重耳が「もう不要」と笑って捨てさせる一幕があり、狐偃はこれを見て「公子は早くも貧しかった頃を忘れかけている」と危惧し、白璧を差し出して暇乞いを申し出る。
- 重耳は非を悟って詫び、河に璧を投げて「舅氏の労を忘れれば子孫栄えず」と誓う。介子推はこのやり取りを見て、功を誇る狐偃らを恥じ、隠棲の志を抱くようになる。
晋国内の内応と即位
- 秦軍は令狐などを次々と落とす。懐公方の呂省・郤芮は秦の勢いに抗しきれず、公子縶の説得を経て密かに重耳側と盟約し寝返る。
- 懐公は勃鞮に高梁へ逃がされ、重耳は曲沃に入って武公廟に参拝、即位して文公となる(四十三歳で亡命、六十二歳での即位)。
- 文公は間もなく人を送って高梁の懐公を殺させる。子圉(懐公)は在位半年に満たなかった。
呂省・郤芮の謀反と勃鞮の内通
- 呂省・郤芮は新君に不安を抱き、勃鞮を誘って公宮を焼き文公を弑逆する陰謀を企てる。
- しかし勃鞮は内心これに与せず、狐偃を通じて文公に密告する。文公は当初、以前刺客として自分を追った勃鞮を疑うが、狐偃の取りなしで会見し、陰謀の全貌を知る。
- 文公は狐偃と共に密かに宮を脱出して城外へ逃れ、仮病を装って呂郤らを油断させる。
秦での再会と反乱の鎮圧
- 文公は狐偃とともに秦へ入り穆公と落ち合う。穆公は「天命は定まっている、呂郤ごときに何ができようか」と泰然とし、公孫枝に河口で備えさせる。
- 呂郤らは予定通り公宮に火を放つが、文公は不在で失敗。狐・趙・欒・魏ら諸大夫が消火に駆けつけ都を固める。
- 逃亡した呂郤は勃鞮の偽りの誘導で秦の公孫枝の陣に投降しようとするが、これは謀略であり、王城で秦の穆公と対面した席に文公が現れ、正体を知った呂郤は恐れおののく。二人はその場で処刑された。