東周列國志第十八回 曹沫が剣で斉侯を脅し、桓公が甯戚を取り立てる (曹沫手劍劫齊侯  桓公舉火爵甯戚)

北杏の会と盟主推戴

  • 管仲は桓公に、周王室を尊びつつ諸侯を糾合することを勧め、桓公は周釐王に奏請して宋の君位を定めるための会盟を諸国に呼びかけた。管仲の勧めで兵車を伴わない「衣裳の会」とし、北杏に壇を築いて諸侯を迎えた。
  • 会に集まったのは宋・陳・蔡・邾の四国。管仲は「改期すれば信を失う」と桓公を諭し、予定通り会を開催。陳の宣公の提案で桓公が盟主に推戴され、天子への礼のあと諸侯が誓約を交わした。これが桓公の最初の会盟である。

宋の背信と魯・柯の会盟

  • 会の後、宋桓公は大夫戴叔皮の進言により斉の主導権掌握を嫌い、無断で帰国してしまう。桓公は魯を先に服させるため遂を攻め落とし、魯に圧力をかけた。
  • 魯では施伯・曹劌が抗戦不利を説き、荘公は斉と和睦を選ぶ。柯の地での会盟で、魯の将曹沫が剣を手に桓公に迫り、乾時の戦いで奪われた汶陽の地の返還を要求。桓公は約束を守り、実際に土地を返還した(曹沫、後世の「侠客の祖」とされる逸話)。

甯戚の登用

  • 桓公は周の命を受けて宋討伐に出兵する途上、峱山で牛飼いの寧戚に出会う。管仲の妾・婧の助言で寧戚の歌の意味を解き、管仲は寧戚を賢才と見抜いて推薦状を持たせた。
  • 寧戚は桓公の前でも臆せず時政を批判し、怒った桓公が処刑を命じるが、隰朋の取りなしと寧戚の毅然とした態度、そして管仲の書状により、桓公は夜を徹して寧戚を大夫に取り立てた。

宋の帰服

  • 諸侯連合軍が宋境に迫る中、寧戚が単身宋に赴いて宋公を説得。「周公に倣った謙譲の徳」を説いて宋公を動かし、宋は薄礼をもって斉に和を請い、桓公はこれを周への取り次ぎという形で受け入れた。