東周列國志第十五回 雍大夫が計り無知を殺し、魯荘公が乾時で大戦する (雍大夫計殺無知 魯莊公乾時大戰)
管夷吾と鮑叔牙の交わり
- 管夷吾(字は仲)は博学多才の人物で、若い頃に鮑叔牙と商売を共にした。利益の分配で管仲が多く取っても、出兵しては後方に退いても、鮑叔牙は「家が貧しいから」「老母がいるから」と管仲をかばい続けた。管仲は「自分を生んだのは父母だが、自分を理解するのは鮑叔だ」と感嘆し、二人は生涯の友となった。
公子糾と小白、それぞれの傅役
- 斉の襄公の二人の庶子、糾(魯出身の母)と小白(莒出身の母)が成人し、管夷吾・召忽が糾の傅、鮑叔牙が小白の傅となった。
- 襄公が文姜と密会を重ねようとした際、小白は鮑叔牙に諭されて諫言したが、逆に襄公の怒りを買った。鮑叔牙は「奇淫あれば奇禍あり」と見て、小白を連れて莒に亡命した。
- 公孫無知の簒奪で襄公が殺されると、管夷吾は召忽と諮り、糾を奉じて母の実家である魯へ逃れた。
雍廩による無知誅殺
- 魯荘公十二年、無知の下で連称・管至父が権勢を振るい、百官の不満が募った。大夫の雍廩は東郭牙・高傒らと謀り、高傒の招宴に連称・管至父を誘い出して幽閉、雍廩自身は無知を刺殺した。連称の妻(連夫人)も自ら命を絶った。
- 高傒邸では合図の狼煙とともに連称・管至父も討たれ、諸大夫は二人の心肝を襄公の霊前に供え、襄公の遺骸を改葬したうえで、魯にいる公子糾を新君として迎える使者を送った。
小白の即位と乾時の戦い
- 魯荘公は公子糾のため出兵しようとしたが、施伯は斉魯の力関係を見て静観を勧めた。しかし母の文姜に強く促され、荘公は曹沫を大将として糾を護送する。
- 管夷吾は近道を急ぎ、莒から帰る小白の一行に追いつき、矢を放って小白を射た。実際には帯の留め金に当たっただけだが、小白は舌を噛んで血を吐き倒れる芝居で管夷吾を欺いた。
- 鮑叔牙は小白をひそかに臨淄へ送り込み、諸大夫を説いて即位させた。これが桓公である。
- 魯の来援を知った桓公は鮑叔牙を将として迎撃、東郭牙の献策で乾時に伏兵を置いた。荘公・糾の軍は先鋒の雍廩に挑発され戦端を開くが、伏兵に三方から攻められて大敗。曹沫は重傷を負いながら脱出し、魯将秦子は戦死、荘公は変装して辛くも逃げのびた。
- 管夷吾らの後詰めも王子成父・東郭牙軍に阻まれ苦戦するが、荷駄を捨てて敵の略奪を誘う策で辛くも脱出した。斉軍は魯の汶陽の地まで侵し占領して引き上げた。
子糾誅殺の要求
- 桓公は鮑叔牙の進言を容れ、公子糾と管夷吾・召忽の身柄引き渡しを魯に要求する書状を送った。鮑叔牙は密かに隰朋へ「管夷吾は稀代の才、必ず生かして連れ帰るように」と託した。
評語
- 史官は詩で、公子糾はもとより仇敵の子であり、母命に迫られて出兵した荘公の乾時の敗北は自ら招いたものだと論じている。