東周列國志第十四回 衛侯朔が王命に抗し帰国し、斉襄公が狩りで怪異に遭う (衞侯朔抗王入國 齊襄公出獵遇鬼)

王姫の死と斉紀の滅亡

  • 斉に嫁いだ王姫は襄公の淫行を知って心を病み、一年足らずで没する。
  • 襄公は歯止めを失い、紀国を攻めて領地を奪う。紀侯は屈服を拒んで国を去り、弟の嬴季が斉に降って宗廟の存続だけを守る。紀侯夫人・伯姫は驚愕のうちに没し、その妹・叔姫は嫁ぎ先の紀にとどまり節を守った。(詩:叔姫の貞節を称える史官の賛)
  • 同じ頃、楚の武王熊通が隨への再度の遠征中に没し、子の文王が即位する。

文姜との密会と魯莊公の懐柔

  • 紀を滅ぼした襄公は凱旋の途上、文姜と再会して禚で歓を尽くし、莊公も呼び寄せて甥として遇する。両家は縁組の約束までする。(詩:莊公が「仇の子」と揶揄されたことを風刺)
  • 文姜はその後も斉との往来を隠さず、国人はこれを『詩経』の詩(載馳・敝笱等)に託して批判する。

衛への五国連合出兵と周の援軍全滅

  • 王姫の死により障害が消えたとして、斉襄公は宋・魯・陳・蔡と結んで衛の惠公朔の復位を図り、黔牟政権を攻める。
  • 衛は周に救援を求め、周の下士・子突が大義名分を説いて出兵を志願するが、周公・虢公にわずかな兵しか与えられず、衛の城外で奮戦の末に討ち死にする。(詩:子突の忠義を称える)
  • 衛は陥落し、黔牟を擁立した公子洩・公子職は捕らえられて斉に処刑され、黔牟は周王の婿であることから助命されて周に送還される。惠公朔は復位し、援軍を出した各国に財貨を分け与える。

斉襄公の暴虐と連称・管至父の謀反

  • 襄公は葵邱に戍卒として送った連称・管至父に「瓜の熟する頃に交代させる」と約したが、期日を過ぎても果たさず、両将は不満を募らせる。
  • 両将は先君の寵臣で不遇をかこつ公孫無知と密かに結び、宮中に残る連称の妹(連妃)を通じて内応の機会をうかがう。
  • 襄公は貝邱への狩猟中、公子彭生の亡霊とおぼしき大猪に遭って落馬し従者・費を理不尽に鞭打つ。恨みを抱いた費は連称の一党に取り込まれ内応する。(詩:彭生の祟りを詠む)
  • 連称らは離宮に討ち入り、身代わりとなった寵臣・孟陽や、忠義を尽くした費・石之紛如を斬り、隠れていた襄公を見つけ出して過去の悪事を数え上げたうえで殺害する。(詩:忠義に死んだ従者たちを悼む詩、および暴君の末路を戒める詩)
  • 連称・管至父は公孫無知を新君に擁立し、連妃を夫人に立てる。無知は人望を得るため賢才を招こうとし、管夷吾(管仲)の名が挙がる。