東周列國志第十二回 衛宣公が台を築き嫁を娶り、高渠弥が隙に乗じ君を替える (衞宣公築臺納媳 高渠彌乘間易君)

衛宣公の新台納媳

  • 衛宣公は公子の頃から父の妾・夷姜と通じ、生まれた子・急子を世子に立てる約束をしていた。
  • 急子のために斉僖公の長女を娶らせようとするが、宣公は使者の報告でその美貌を聞き、淇水のほとりに新台を築いて自らこれを娶り、宣姜とする。(詩:新台の淫行を風刺する『詩経』の引用と、後世の批評)

急子と公子壽の争死

  • 宣公は宣姜との間に壽・朔の二子をもうけ、寵愛を移す。朔は母や斉姜(宣姜)と結んで急子を讒言し、母・夷姜を自死に追い込む。(詩:夷姜の悲運を詠む)
  • 宣公は急子を亡き者にしようと、斉への使いに立てて刺客を莘野に潜ませる。
  • 事情を知った異母弟・公子壽は急子を逃がそうとするが従わず、代わりに自ら急子に酒を飲ませて眠らせ、急子の旗印を掲げて身代わりとなり刺客に討たれる。
  • 目覚めた急子は事情を知って追いつき、「本物の自分を殺せ」と申し出て共に討たれる。(詩:『詩経』「二子乗舟」を兄弟の悲劇として引用)

衛惠公朔の即位と黔牟擁立

  • 公子朔(惠公)が即位するが、急子・壽の死を悼む公子洩・公子職はこれを恨み、宣公の死後まもなく謀って偽の敗死の報で人心を集め、公子黔牟を新君に立てる。惠公朔は斉へ出奔する。
  • 宣姜は殺されず別宮に留め置かれ、後に斉の意向で衛の公子碩(昭伯)と結ばれ、五人の子をもうける。(詩:家風の乱れを批判)

高渠彌の弑逆と子亹の擁立

  • 鄭では厲公が櫟に拠って復位を狙い、宋・魯・蔡・衛の助力で衛の惠公も鄭を攻めるが、鄭の祭足・傅瑕がこれを防ぐ。
  • 鄭の重臣・高渠彌は昭公忽に嫌われていたことから身の危険を感じ、祭足が斉魯との外交で不在の隙に昭公を郊外で弑逆し、公子亹を新君に立てる。

評語

  • 語り手は、昭公が世子の頃から高渠彌の悪辣さを知りながら二度の即位機会でも処断しなかった優柔不断さを批判し、「悪を除かねば自ら禍を招く」という趣旨の詩で結んでいる。