東周列國志第三回 犬戎が鎬京を攻め、平王が洛邑へ東遷する (犬戎主大鬧鎬京 周平王東遷洛邑)
申侯、犬戎に借兵す
- 幽王が虢石父を将として申国討伐に向かわせると知った申侯は、大夫呂章の進言により西戎に助けを求める。犬戎主は申侯に応じ一万五千の兵を発し、申侯も自国の兵を合わせて鎬京を包囲した。
鎬京陥落
- 幽王が驪山の烽火を上げても、かつて欺かれた諸侯は誰も駆けつけない。虢石父は出撃するも先鋒孛丁に討たれ、犬戎軍は鎬京になだれ込み略奪・放火を行う。
幽王・伯服の死と鄭伯友の奮戦
- 幽王は褒姒・伯服を連れて後宰門から逃れ、司徒鄭伯友が護衛にあたる。祭公も乱軍のなかで死んだと知らされ、驪山まで逃げるが犬戎軍に包囲される。鄭伯友は幽王一行を逃がすため奮戦して敵将を討ち取るが、多勢に無勢で矢の雨を浴びて討死する。
- 幽王と伯服は犬戎主自ら討ち取られ、褒姒は生け捕られて陣中に連れ去られる。尹球も車中に隠れていたところを引き出されて斬られた。
- (詩4首:童謡が的中したことへの感慨、褒姒の末路、佞臣たちの悲惨な最期、鄭伯友の忠義をそれぞれ詠む)
犬戎主の跳梁と諸侯の勤王
- 申侯は入城後、幽王らの死を知り悔恨するが、犬戎主の遺体を丁重に葬らせる。犬戎主は功に驕り撤兵せず居座り続けたため、民の怨みは申侯に向かった。申侯は晋・衛・秦および鄭に急使を送り勤王を求める。
鄭の世子掘突の復仇戦
- 鄭の世子掘突は父の死を聞いて単独で兵を進めるが、犬戎の伏兵に大敗し、老練な衛の武公を頼る。衛武公・秦襄公・晋侯らが兵を集め、秦襄公の策により三方から攻め、鄭世子が西門で伏兵として待ち構える形で犬戎を挟撃し、大勝する。
- 逃げ遅れた褒姒は自ら縊死した。
- (詩:褒姒の末路を詠む)
平王の即位と東遷
- 諸侯の推挙により、申国にいた元太子宜臼が迎えられて即位し、平王となる。功のあった諸侯・臣下はそれぞれ加封・叙位され、鄭伯友には桓の諡が贈られ、世子掘突がその爵を継いだ。
- 犬戎はなお岐豊の地を侵し続け、宮殿も荒廃していたため、平王は洛邑への遷都を望む。太宰咺は賛成するが、老臣の衛武公は鎬京の地勢の要害を説き、遷都に反対する。平王は決意を変えず、東遷を断行する。
- (かつて宣王の代に見た夢と太史伯陽父の占いが、ことごとく今日の東遷という結末に符合したことが述べられる)