唐史演義第八十八回 浙東を平げ王式智を用う/安南を失い蔡襲忠を尽くす (平浙東王式用智 失安南蔡襲盡忠)
裘甫の乱の拡大
- 浙東の土賊裘甫が象山・剡県などを陥落させて勢力を拡大し、年号「羅平」を僭称、三万余の兵を擁するに至る。
- 観察使鄭祗徳は連敗を重ね、朝廷は前安南都護王式を浙東観察使に起用する。
王式の用兵
- 王式は十分な兵力を要求して赴任、賊の偽装降伏を見抜き、貧民への賑済や防諜など緻密な統治で民心を掌握する。
- 東西両路から進撃して賊軍を各地で撃破、裘甫は剡県に籠城の末に降伏し京師へ送られる。残党の劉従簡も討たれる。
- 王式は勝因を問う諸将に用兵の理由を丁寧に説明し、称賛を受ける。
安南・南詔情勢の悪化
- 安南都護李鄠が蛮酋を殺したことから南詔と対立、安南の一部が陥落し李鄠は流罪となる。以後、南詔がたびたび辺境を侵犯する。
- 経略使蔡襲が繰り返し増援を求めるが、朝廷は財政を理由に応じない。
徐州の銀刀軍鎮圧
- 徐州では節度使を追放する兵変が続いていたため、浙東平定後の王式が転任し、驕慢な銀刀軍を策略で欺いて一夜のうちに誅滅する。
安南陥落と蔡襲の殉節
- 戍兵削減で守備が手薄になった安南に南詔が五万の兵で来襲、交趾城が陥落する。
- 蔡襲は力戦の末に入水して自決。援軍として来ていた荊南の将士四百余人も奮戦の末に全滅する。
評語
- 裘甫討伐の成功は王式の将才と、後方で支えた宰相夏侯孜の連携によるものと評す。一方、安南では宰相が有効な策を打たず蔡襲の増援要請も顧みられず、将相の不和が悲劇を招いたと結んでいる。