唐史演義第三十四回 累次兵を発しようやく叛酋を平ぐ/端を借り夢を詳らかにし忠忱を献ず (累次發兵才平叛酋 借端詳夢迭獻忠忱)
張易之・張昌宗兄弟の寵愛
- 太平公主の推薦により美男子・張昌宗が武太后の寵愛を受け、続いて兄の張易之も召され、二人は「五郎」「六郎」と呼ばれるほどの権勢を得た。武氏一族や重臣までもが二人にへつらうようになる。
契丹の反乱と唐軍の連敗
- 営州都督の圧政に耐えかねた契丹の李尽忠・孫万栄が挙兵し、営州を陥落させる。武太后は名を「李尽滅」「孫万斬」と改めさせるなど侮辱するが、討伐は難航。
- 曹仁師・張玄遇・麻仁節らの軍は契丹の偽装退却・偽装降伏の計略にかかり黄獐谷・西硤石谷で大敗、王孝杰も東峡石谷の戦いで戦死するなど、唐軍は連戦連敗を喫する。
- 武懿宗ら武氏一族の将は臆病で戦果を挙げられず、かえって帰順民を賊とみなして虐殺するなど残虐な振る舞いが目立った。左拾遺・王求禮はこれを厳しく弾劾している。
突厥默啜の介入と反乱の終息
- 突厥の默啜可汗が契丹の後方を突いて妻子・輜重を奪ったことから孫万栄の勢力は瓦解。最終的に万栄は家僕に討たれ、乱は鎮圧された。
- その後、武太后は默啜との和親・通婚を認め、武承嗣の子・延秀を默啜の娘に娶わせる約束を交わした。
喬知之と碧玉の悲話
- 武承嗣が右司郎中・喬知之の愛妾・碧玉を策略で奪う。知之が贈った詩を読んだ碧玉は身を投げて自殺し、知之も密告により処刑された。
来俊臣の失脚と誅殺
- 来俊臣は同平章事李元素ら三十六人を冤罪で処刑するなど専横を極め、ついには皇嗣・廬陵王・太平公主・武氏諸王までも陥れようとしたため、武氏一族と太平公主が結束してこれを告発。李昭徳と共に処刑された。俊臣の死には民衆が快哉を叫んだという。
狄仁杰の諫言と廬陵王召還への転機
- 武承嗣・三思は皇太子の座を狙い続けるが、狄仁杰が「姑姪と母子どちらが親しいか」と説き、廬陵王(中宗)の召還を進言。武太后が見た「両翼の折れた鸚鵡」の夢を、仁杰は「二子(両翼)を保てば復活する」と解釈して諭した。
- 張易之・張昌宗も吉頊の勧めで廬陵王擁立を武太后に働きかけ、武太后はついに廬陵王召還を決意する。
評語
- 契丹討伐で武氏一族の将はいずれも無能ぶりを露呈し、唐の危機を招いたが、天は默啜の介入を通じて反乱を鎮めさせた。来俊臣という大悪が自ら滅び、酷吏が去って賢臣が用いられるようになったことで唐室再興の転機が生まれたと総括される。