唐史演義第三十三回 安金蔵、心を剖き信を明かす/僧懐義、悪を稔し誅を受く (安金藏剖心明信 僧懷義稔惡受誅)
武承嗣の失脚
- 武承嗣は左相の要職を突然罷免される。李昭徳が「甥は子ほど信頼できない」と武太后に進言したためだった。承嗣は昭徳を恨むが、武太后は取り合わなかった。
- 昭徳は酷吏の抑制に努め、諂いの祥瑞献上を厳しく退けるなど剛直に振る舞い、酷吏・侯思止を杖殺するなど成果を上げた。
皇嗣・豫王への迫害と安金蔵の剖心
- 武承嗣は寵婢・団児を使って豫王妃劉氏・徳妃竇氏(玄宗の生母)を巫蠱の罪で讒言させ、二妃は殺害される。豫王への監視も強まり、来俊臣が豫王の側近を拷問にかけ謀反を自白させようとした。
- このとき楽工・安金蔵が「皇嗣に謀反の意はない」と自ら胸を切り裂いて潔白を示し、危篤となる。武太后は驚いて御医に治療させ、金蔵は一命を取り留めた。武太后はこれに心を動かされ、豫王側近を釈放した。
花を促す詔と牡丹の左遷(挿話)
- 武太后が後苑で花が咲かないことを嘆き、開花を命じる漢詩を作って掲げると翌朝多くの花が開いたという逸話。ただし牡丹だけは咲かず、怒った武太后は牡丹を洛陽の外へ追放するよう命じ、以後牡丹は「洛陽花」と呼ばれるようになったという。
天枢の造営と梨花の瑞祥批判
- 武三思の献策で武氏の功徳を刻んだ巨大な銅柱「天枢」を諸胡の献金と民間の農具を集めて造営。
- 秋に梨の花が咲いたことを瑞祥として喜ぶ武太后に対し、杜景佺だけが「季節外れの開花は陰陽の乱れ」と正論を述べた。
契丹討伐と薛懐義の失寵
- 突厥の默啜が寇を為すと、武太后はあろうことか薛懐義を行軍大総管に任じて出征させる。実際の戦闘には至らなかったが、これは武太后が薛懐義を厄介払いする意図もあったとされる。
- 懐義は帰還後、御医・沈南璆が武太后の新たな寵愛を得ていることを知って激怒し、明堂北の天堂に放火。火は明堂にも燃え広がり、壮麗な建物と大仏像が焼失した。
薛懐義の誅殺
- 太平公主の進言により、武太后は懐義の排除を決意。公主が武攸寧らに命じて宮中に懐義を誘い込み、力士を近づけさせないまま取り押さえて撲殺、遺骸は白馬寺の塔下に埋められた。
評語
- 本回は安金蔵の忠と薛懐義の悪を対比させて描く。武承嗣の皇嗣排斥に誰も抗議しない中、一楽工の安金蔵だけが命懸けで豫王の冤罪を晴らした忠義と、薛懐義が寵を恃んで婦女を凌辱し放火に及んだ悪行を対照的に示し、勧善懲悪の趣旨としている。