唐史演義李密敗れ関中に入る/秦王、奇策を出し隴右を平定す(0006 第五回 李密敗績入關中 秦王出奇平隴右)
李密、瓦崗で勢力を築く
- 東都で越王侗が帝を称し、段達・元文都が朝政を執る。宇文化及の西進に備え、士人蓋琮の進言で李密に招諭の使者が送られる。
- 李密は瓦崗寨の翟譲のもとに身を寄せ、単雄信・徐世勣らと結ぶ。「桃李子」の童謡を李玄英が李密に結びつけ、密は自負を強める。
- 密は賈雄を通じて翟譲を説き、滎陽で隋将張須陁を破るなど戦功を上げ、翟譲から主に推されて魏公を称する。単雄信・徐世勣らも将として重用される。
東都攻めと翟譲誅殺
- 密は東都近郊を攻め、鞏県・虎牢などの守将が次々に降る。武陽郡丞元宝蔵も降り、その門客魏徴が密に才を認められ参軍となる(後に唐の宰相となる人物として伏線)。
- 王世充との洛口の戦いで一進一退の攻防が続く中、翟譲の兄弘や司馬王儒信が譲に権力奪取を勧め、譲と密の間に疑心が生じる。
- 密は側近の勧めに従い酒宴を口実に翟譲とその一族・王儒信を謀殺し、諸営を慰撫する。
宇文化及との対峙、東都の内訌
- 密は東都を攻めるが、唐の李建成・世民の援軍名目の軍が現れ、いったん引く。
- 黎陽を攻める宇文化及と密が対陣し、密は化及を痛罵して降伏を勧めるが応じず、持久戦で化及の攻勢を退ける。
- 密は化及討伐を条件に東都へ降伏を申し出、越王侗から太尉・魏公に冊封される。これに王世充が反発し、元文都との対立が深まる。文都は世充排除を図るが露見し、世充が段達を使って文都を殺害、東都の実権を握る。
李密の敗北と唐への投降
- 密は化及を撃退した後、東都に戻ろうとするが世充の変事を知り、洛口倉の米を無制限に放出して民心を得ようとするが、賈潤甫に浪費を諫められる。
- 王世充は米と布の交換を装って密の兵糧事情を探り、精兵で密を急襲。裴仁基の持久・挟撃策を退けて速戦を選んだ密は、世充の奇襲と偽情報(「李密捕縛」の虚報)で軍が総崩れとなり、単雄信・裴仁基らが世充に降る。
- 密は虎牢へ敗走、王伯当と共に唐へ投降するが、驕った態度もあって光禄卿・邢国公という低い待遇しか得られず、不満を抱く。
薛挙・薛仁杲、隴西で敗れる
- 隴西の薛挙は西秦覇王を称し帝位に上るが病死し、子の仁杲が継ぐ。武徳元年、仁杲は涇州を攻め、秦王世民の部将が軽率な戦で大敗するが、世民自ら出陣し持久策で敵将宗羅睺を消耗させたのち、淺水原で竇軌・龐玉らと連携して大勝する。
- 世民は疲弊した敵を追撃し続け、諸将の制止を退けて折摭城の仁杲を降す。仁杲は長安に送られ処刑され、隴西の薛氏は五年で滅びる。
- 残党の旁仚地も暴虐の末、捕らえていた王氏の女に酒に酔わされ刺殺される(詩:女の機知と忠義を讃える内容)。
- 章末、宇文化及の称帝・朱粲の称帝・竇建徳の改元など群雄割拠の続報が予告される。
評語
李密と薛挙父子の興亡を並べて描くが、時系列が交錯する中でも整理して描く筆致に苦心があるとする。両者とも「驕り」が敗因であり、才智に優れた李密ですら驕りで身を滅ぼした以上、仁杲はなおさらだと戒める。