唐李問對兵の分合――苻堅と呉漢の故事
- 太宗が言った。「兵には分と聚があり、各々適宜を貴ぶ。前代の事跡で、これに善い者は誰か。」
- 靖が言った。「苻堅は百万の衆を総べながら、淝水で敗れました。これは兵が合することができても分けることができなかった致すところです。呉漢が公孫述を討った時、副将の劉尚と分屯し、相去ること二十里、述が来て漢を攻めると、尚が出て合撃し、大いにこれを破りました。これは兵が分かれていても合することができた致すところです。太公は言います、『分けて分けざるは縻軍と為し、聚めて聚めざるは孤旅と為す』と。」
- 太宗が言った。「そうだ。苻堅は初め王猛を得て、実に兵を知り、遂に中原を取った。猛が卒するに及んで、堅は果たして敗れた。これが縻軍ということか。呉漢は光武に任ぜられ、兵を遠くから制されなかった、故に漢は果たして蜀を平らげた。これが孤旅に陥らないということか。得失の事跡は、万代の鑑とするに足りる。」