唐李問對握奇文と握機文

  • 太宗が言った。「黄帝の兵法は、世に『握奇文』として伝わり、あるいは『握機文』とも言う。何を言うのか。」
  • 靖が言った。「奇の音は機であり、故にあるいは機と伝えられ、その義は一つです。その辞を考えるに、『四を正と為し、四を奇と為す、余った奇が握機である』とあります。奇とは、余った零のことで、これに因って音は機となります。臣の愚見では、兵は機でないものは無く、どうして握ると言う必要がありましょうか。余奇とすべきです。そもそも正兵は君より受け、奇兵は将が自ら出すものです。兵法に曰く、『令が平素より行われ、以てその民を教えれば、民は服す』と。これは君より受けるものです。また曰く、『兵は予め言わず、君命も受けないところがある』と。これは将が自ら出すものです。すべて将は、正であって奇無ければ守将であり、奇であって正無ければ闘将であり、奇正ともに得れば国の輔であります。それゆえ、握機・握奇は、本来二つの法ではなく、学ぶ者が兼ね通ずればよいだけです。」