鐵冠圖全傳第四十九回 牛金星火を放ち宮を焼き、李自成北京を棄て陝西に逃ぐ (牛金星放火燒宮 李自成棄北逃陝)

永平城での連戦連敗

  • 各地の兵を集め直した李自成は呉三桂と再戦するが、清の援軍と合流した三桂に大敗し、永平城へ追い詰められる。二度の戦いで兵百万を失い、将士も六、七割を失った自成は、残兵をまとめて城に籠り四門を固く守らせた。
  • 三桂は城外に陣を張って再戦を挑み、自成が総力を挙げた三十余万の兵もまた大敗。戦死者は十五、六万に及んだ。

呉驤の惨殺と呉三桂の悲憤

  • 連敗に憤った李自成は、呉三桂の父・呉驤とその一族三十八人を皆殺しにし、首を城壁に晒す。
  • これを見た呉三桂は落馬して慟哭し、全軍がこれに感奮して復讐を誓った。

宋炯の離反

  • 兵二十万ほどにまで減った李自成は文武を集めて対策を協議。牛金星は京城を捨てて山陝へ退くことを進言するが、宋炯は湖広の張献忠に援軍を求め天下を折半しようと提案し、書状を託されて出立する。
  • しかし宋炯には元より家族もなく、実は逃げるつもりであった。途中で同行の手下を薬で眠らせ、変装して出家し姿を消してしまう。そのため後に李・張両賊が誅殺される際、宋炯だけは巻き込まれずに済んだ。

北京放棄の決断

  • 宋炯からの音沙汰がないまま日が過ぎ、牛金星は救援の見込みがないまま城を守り続けるのは危険だとして、山陝へ退くことを重ねて進言。李自成もこれに同意する。
  • 牛金星はさらに、持ち出せない金銀は運び、倉庫の食糧は焼き払ってから撤退すべきと説き、李自成はこれを是とした。

陳円円との別れ

  • 出立に際し、李自成は陳円円を伴おうとするが、円円は「呉三桂が自分のために兵を興したのなら、自分が残って三桂を説き、追撃を思いとどまらせる方が良い」と申し出て、西天仙庵に留まることになった。
  • 初更、李自成は倉庫に火を放たせ、財宝と婦女三、四万人を車馬に載せて彰義門から西へ落ち延びた。

追撃と敗走

  • 城中の火を見た呉三桂は各営に追撃を命令。賊軍は盧溝橋から固安を経て逃げる途中、財宝を道に捨て、婦女も散り散りに逃げ出すなど統制を失った。
  • 保定府でも追いつかれ、輜重と婦女を捨てて西へ逃走。真定府では牛金星に陣を敷かせて迎え撃つが、李過が呉三桂に敗れ、乱戦の末に牛金星も討ち死にし、李自成は先に立って逃げた。

西安からさらに湖広へ

  • 山西が清軍に奪われたことを知った李自成は太原方面を避け、陝西西安府に籠城する。数日後、呉三桂の追撃を恐れた自成は弟の李過と相談し、湖広の張献忠と合流すべく西安を捨てて南下する。
  • 湖広の境に入ると、張献忠はすでに西川へ移っていたと知り、李自成は大いに落胆しつつも残兵をまとめて武昌へ向かった。