鐵冠圖全傳第二十八回 周家忠烈を全うして名を独占し、張家貞節を抱き名を残す (全忠烈周家獨佔 抱貞節張宅流芳)
周遇吉、力尽きて自刎す
- 周遇吉は御林軍を率いて賊陣に突入し奮戦するが、五十名では八万の賊軍に抗しきれず、次々と倒れていく。
- 戟が折れ、鞭で応戦するも、賊将・宋炯の指示で弓矢の一斉射撃を受け、馬も射倒される。
- 全身に矢を受けた周遇吉は「臣、力尽きたり」と叫び、北(皇帝の方角)を拝んでから自ら剣で首をはねて絶命する。
- (詩:夫は忠義に殉じ妻は貞烈を貫いたことを讃え、その名は万古に輝くとする内容)
事態のその後
- 李闖は周遇吉の遺体を寧武関に運ばせ、白氏の遺体と合葬し、城壁にさらすよう命じ、岱州城に入って休息する。
- 宋炯は杜勛に指示して北京へ戻らせ、杜勛は皇帝に対し「周遇吉が忠告を聞かず敗れた」と虚偽の報告をして自らの逃亡を正当化する。皇帝はこれを信じ、杜勛を司礼監に留める。杜勛は持ち帰った財宝を朝廷の大臣たちに配り、これは宋炯の授けた計略であった。
宣府陥落と張自完一家の忠節
- 宋炯は李闖らと謀り、宣府攻略に向かう。宣府の文武官は恐れをなし、投降を決め、住民に酒食を用意させて出迎える。
- 賊将・麥黑子が先鋒として入城し、住民の歓迎を受けるが、実は忠義の進士・張自完が仕組んだ罠であり、酒杯を勧める際に討ち取られる。
- 張自完は、他の官吏が保身のため降伏に傾く中、独り忠義を説いて回り、家丁や近隣住民百余人を集めて義勇軍を組織し、賊を討つ。
- しかし李闖の鉄騎の増援が来て、張自完と義民たちは抵抗むなしく自刎する。李闖は文武官・軍民を問わず殺戮を命じ、降伏した官吏も生き延びられなかった。
張家の婦人たちの最期
- 張自完の死を知った妻・李氏と三人の息子の妻たちは、辱めを受けぬよう覚悟を決め、祖先と姑に別れを告げる。
- 賊が屋敷に迫る中、四人は裏門から抜け出し、文廟の泮池に身を投げる。
- 賊が遺体を引き上げようとした際、突如陰風が吹いて賊将・邱四を吹き倒し、七竅から血を流して即死させる。賊は恐れて逃げ去る。
- 難を逃れた張家の家人と近隣の人々が遺体を引き上げると、四人は互いに抱き合ったまま生前と変わらぬ姿だったという。
- 賊が去った後、張自完とともに丁重に葬られ、霍家荘の張家の墓地に埋葬。「張氏忠烈之墓」と刻まれ、後にこの地は「五烈荘」と改称され、今なお語り継がれている。
- (詩:五烈荘の由来と、一家の忠烈が後世に伝わることを讃える内容)