帝王略論卷一 虞舜

略歴

  • 舜帝有虞氏は高陽の後裔、姓は媯、瞽瞍の子。父は頑固、母は姦しく、弟の象は傲慢であったが、舜は幼くして至孝であった。
  • 堯はその聡明を聞いて登用した。
  • 舜は禹を司空に挙げて治水にあたらせ、棄を后稷として穀物の播種を司らせ、卨を司徒として万民の教化にあたらせ、皋陶を士師として獄訟を治めさせ、垂を共工として工巧を司らせ、益を朕虞として草木を育てさせ、伯夷を秩宗として三礼を司らせ、戞(夔)を楽正として神人の和を図らせた。
  • 百官はいずれもその才を得て、堯は天下を舜に禅譲した。
  • 天下太平のとき「元首明らかなるかな、股肱良きかな、庶事康らかなるかな」という歌が作られ、また「元首いい加減なれば、股肱怠けて万事廃るるかな」という歌も並んで作られた。
  • 日月の光が輝き、瑞雲が集まり、五絃の琴を弾いて「南風の詩」を詠んだ。「南風の薫るや、わが民の慍りを解くべし。南風の時なるや、わが民の財を豊かにすべし」という歌詞であった。
  • 簫韶の楽を作ると鳳凰が飛来して舞い、石を打ち鳴らせば百獣までもが舞ったという。孔子は「韶の楽は美を尽くし、また善を尽くす」と評した。
  • 舜は位を禹に禅り、百歳で崩じた。