宋史卷四百八十九 列傳第二百四十八 真臘
真臘国(占臘)
- 真臘は占臘とも呼ばれ、占城の南、東は海、西は蒲甘、南は加羅希に接する。地方七千余里、銅台に二十四の銅塔と八体の銅象(各四千斤)を配し、戦象は約二十万を有すると記される。政和六年、進奏使奏化郎将鳩摩僧哥らが来貢し朝服を賜られ、僧哥は本国の服のままでは慕化の誠が伝わらないとして拝賜の朝服着用を願い出て許された。宣和二年にも遣使があり、建炎二年、郊恩で国王金裒賔深に検校司徒が加えられ、これが常制となった。属邑の真里富の記事や、慶元六年、在位二十年になる国主が方物・馴象を献じた記録がある。