宋史卷四百五十七 列傳第二百十六 徐復

易学から音楽まで

  • 徐復、字は復之。建州の人。進士に落第後、易学に転じ、陰陽・遁甲などに通じた。詩の音楽的側面を独学で研究し、大楽の音律・鐘磬の制度に精通。仁宗の求楽の際、胡瑗の作った鐘磬を「器を先にして声を後にする誤り」と批判した。范仲淹の問いに卦占で応じ的中させたと伝わる。
  • 慶暦初、布衣の郭京と共に召され、京房易による占いを披露、「沖晦処士」の号を賜り、子は秘書省校書郎に補任された。杭州で十数年を過ごし没した。