宋史卷四百五十七 列傳第二百十六 高懌

南山三友

  • 高懌、字は文悦。荊南高季興の四世孫。种放に師事し「南山三友」と称された(張蕘・許勃と共に)。寇準の推薦にも応じず、景祐中に范雍の京兆府学で講学、杜衍の推薦で大理評事を授けられたが固辞、「安素処士」の号を受けた。文彦博の推薦で嘉祐中に光禄寺丞を授けられたが再び固辞、白鹿洞主となり没した。
  • 同門の韓退(稷山の人)も种放に師事し、母の喪に負土成墳、嵩山に隠棲し「安逸処士」の号を賜った。