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宋史
卷四百四十八 列傳第二百七 張忠輔
崞県に死す
張忠輔、宣和末年、崔中・折可与と共に崞県を守った。金軍の攻撃に死守を貫いたが崔中が降伏を企てたため「降伏するなら先に私を殺せ」と衆に宣言。中は伏兵で忠輔を斬り首を城外に投げて金に示した。折可与は屈せず殺された。折可与の兄の折可求は建炎年間に朝廷に訴え、可与の子5人には官が与えられたが忠輔には及ばず、世論はこれを惜しんだ。
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