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宋史
卷四百四十八 列傳第二百七 歐陽珣
深州で死す
歐陽珣、字は全美。吉州廬陵の人。崇寧5年(1106年)進士。金軍の京師侵攻時、河北の三鎮割譲に反対する上書を仲間9人と共に行った。それでも和議を担う使者として深州割譲を命じられ、深州城下で「朝廷は姦臣に誤られてここに至った。私はもう死を覚悟してきた。忠義を尽くして国に報いよ」と城上の人々に慟哭して伝えた。金人は怒り燕へ連行し焼き殺した。
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