宋史卷四百四十七 列傳第二百六 楊邦乂

建康府に死す

  • 楊邦乂、字は晞稷。吉州吉水の人。進士に及第し節義を重んじ、溧陽県知事として叛卒の乱を鎮めた。建炎3年(1129年)金軍が江上に至り、杜充の建康防衛が崩壊し降伏する中、邦乂は血で衣に「寧作趙氏鬼、不為他邦臣」と書いて屈しなかった。
  • 完顔宗弼(兀朮)に自ら首を柱にぶつけて拒み続け、降伏した李棁・陳邦光の宴席でも彼らを叱責。「死」の一字を求められると力を込めて書き、宗弼を面罵して殺され心臓を抉り取られた。享年44。直秘閣・諡忠襄を贈られ、田三頃を賜った。
  • 若い頃、同舎生に娼館へ誘われ、事後に激しく自責して衣冠を焼いた逸話がある。紹興7年(1137年)樞密院の上奏により徽猷閣待制を追贈された。