宋史卷四百四十四 列傳第二百三 郭祥正

生涯

  • 郭祥正、字は功父。太平州当涂の人。母が李白の夢を見て生まれたという。若くして詩名があり、梅堯臣がその才を評し「天才かくの如し、真に太白の後身なり」と嘆じた。進士に及第し知武岡県・簽書保信軍節度判官。王安石執政期、「天下の大計は安石に専聴すべし、異論者は大臣であれ屏黜すべし」と上奏、神宗はこれに驚き安石に「郭祥正を知るか」と問い章を示したところ、安石は小臣に推挙されたことを恥じ、その無行ぶりを極力述べた。
  • 章惇の察訪に従っていたことを聞かれ、殿中丞に転任し致仕したが、後に復官して通判汀州・知端州、また辞して県青山に隠棲して没した。