宋史卷四百三十二 列傳第一百九十一 王當

王當

  • 字は子思、眉州眉山の人。幼くして学を好み博覧強記、王佐の大略を志し「三公が道を論じ国を経め陰陽を燮理し四方を鎮撫すれば百姓が親附する、その言は大きいがその行いは易しい」と語った。進士に挙げられたが不中、田野に退居して「士は世に用いられねば言論を残すべき」と嘆じ、『春秋列国名臣伝』50巻を著して世に競って伝えられた。
  • 元祐中、蘇轍の推薦で賢良方正科に応じ、廷対で慷慨し権貴を憚らず、策は四等に入り龍游県尉。蔡京が知成都で学官に招いたが応じず、後に蔡京が宰相となってもついに仕えず72歳で卒した。経学、とくに易と春秋に精しくその伝を著し、聖人の旨を得たものが多いとされ、『経旨』3巻・『史論』12巻・『兵書』12篇がある。