宋史卷四百三十二 列傳第一百九十一 陳暘
陳暘
- 字は晋之、福州の人。紹聖の制科に中り順昌軍節度推官。徽宗の初め、『迓衡集』を進めて紹述を勧め太学博士・秘書省正字となる。礼部侍郎趙挺之が、陳暘の著した『楽書』20巻が貫穿明備であるとして兄祥道の『礼書』の続きとして進上するよう求め、故事に則り札を給された。太常丞・駕部員外郎、講議司参詳礼楽官。
- 魏漢津が京房の二変四清説による作楽を議した際、陳暘は「五声十二律こそ楽の正であり、二変四清はその蠧である。二変は変宮を君とし四清は黄鐘清を君とするが、事は時により変ずるべきでも君は変ずべきではない」と反論した。当時の議論は漢津を支持し陳暘の説は退けられ、鴻臚・太常少卿・礼部侍郎を経て顕謨閣待制・提挙醴泉観、罪に坐して官を奪われたが後に復し、68歳で卒した。
- 兄の祥道、字は用之、元祐中に太常博士、秘書省正字で終わった。著した『礼書』150巻は陳暘の『楽書』とともに世に行われた。