宋史卷四百十二 列傳第一百七十一 王登
出自と孟珙幕下での活躍
字は景宋、徳安の人。書生の身から制置使孟珙の幕府に入る。淳祐四年(1244年)進士。制置使李曾伯の襄陽経理に参画。呉淵の招きで軍を統率し、沙市で兵七千を集め奇功を挙げた。
晩年と最期
制置使趙葵・馬光祖に厚く信任され、京西提点刑獄まで進んだが讒言により郢州に出された。開慶元年(1259年)四川救援中、軍務を処理中に急死した。
字は景宋、徳安の人。書生の身から制置使孟珙の幕府に入る。淳祐四年(1244年)進士。制置使李曾伯の襄陽経理に参画。呉淵の招きで軍を統率し、沙市で兵七千を集め奇功を挙げた。
制置使趙葵・馬光祖に厚く信任され、京西提点刑獄まで進んだが讒言により郢州に出された。開慶元年(1259年)四川救援中、軍務を処理中に急死した。