宋史卷三百八十九 列傳第一百四十八 李椿
出自と初任
- 字寿翁、洛州永平の人。父升は靖康の変で殉節した。幼くして苦難を経て官途に就き、寧国軍節度推官として吏才を発揮した。張浚に制司准備差遣として仕え、淮甸の防備を助けた。
張浚幕下と諫言
- 隆興北討の議に対し慎重論を唱え、張浚に献策した。張浚の再任・引退を巡り率直に助言した。鄂州知事・広西提点刑獄などを歴任し、金坑の禁令・墾田復戸を推進した。
吏部侍郎と晩年
- 湖南漕運副使・司農卿・臨安府尹などを歴任し、財政・軍備を厳しく管理した。宦官の害を歴代の例を挙げて諫言し、孝宗の共感を得た。寧国府・太平州知事を経て致仕、後に潭州知事として再起し、蛮夷を鎮撫した。淳熙十年(1183年)享年73で没した。朱熹が墓誌を書き、その先見と忠節を称えた。