宋史卷三百八十九 列傳第一百四十八 劉儀鳳

出自と初任

  • 字韶美、普州の人。紹興二年(1132年)進士及第。恬淡な性格で知られ、蜀の士人が中央に登用されにくい状況を孝宗に指摘され、諸王宮教授・国子監丞・秘書丞・礼部員外郎を歴任した。

廟号議論と晩年

  • 孝宗の光堯壽聖尊号冊寳を巡り、欽宗の服喪期間中の慶事実施に反対する議論を展開した。兵部侍郎兼侍講を務めたが、書籍の私蔵を弾劾されて蜀へ帰され、淳熙二年(1175年)享年66で没した。晋人の簡傲な風を慕い、世俗との交わりを好まなかった。