宋史卷三百八十八 列傳第一百四十七 陳良祐
出自と紹興年間
- 字天与、婺州金華の人。紹興二十四年(1154年)進士に及第した。太学録・枢密院編修官・監察御史・軍器監を歴任し、隆興元年(1163年)福建路転運副使となった。起居舎人・右司諫として会子(紙幣)増発の弊害を強く諫め、内帑の金を放出させて会子を回収させた。
孝宗への諫言
- 孝宗が唐太宗を範としたことに対し、太宗政要を学び忠臣を養うよう勧めた。皇族・外戚の商業利権への関与を厳しく戒め、遣使(金への使者派遣)に反対し、南宋の軍事的弱さを説いて上奏したが、上意に逆らい瑞州に流された。のち徽州・建寧府知事を歴任して没した。