宋史卷三百八十八 列傳第一百四十七 王希吕

出自と諫官時代

  • 字仲行、宿州の人。北方から南へ帰順し嘉興府に寓居。乾道五年(1169年)進士に及第、孝宗に西北出身の士人として重用され、秘書省正字を経て右正言となった。外戚の張説が要職に抜擢されたことを李衡と共に弾劾したが、逆に朋党を組んで名を求めたと疑われ左遷された。のち張説側近の排除に加担し、自らも国を去る臣下として直言の評判を得た。

淮右・地方官

  • 淮右で廬州知事となり城の修築・流民安集にあたり、江西転運副使を経て起居郎・中書舎人・給事中・兵部尚書・吏部尚書を歴任した。近習の権勢を弾劾する上奏で光宗の不興を買ったが、侍従・台諫がみな同様の上書をしていることを述べて撤回させた。紹興府知事として治績を挙げ、清廉により屋敷も持たぬまま病没した。