宋史卷三百七十六 列傳第一百三十五 薛徽言

秦檜への抗争

  • 薛徽言、字は徳老。温州の人。進士出身、枢密院計議官。紹興2年、湖南宣諭使として権監察御史を兼ね、郴州・道州・桂陽の旱饑に際し、報告を待たず衡州・永州の米を発して振恤し経制銀で償還した。刺挙した20人のうち他の使者は皆昇進した。宰相呂頤浩に守臣を擅に交代させ経制銀を流用したと非難され、興国軍知事に出た。
  • 郎官・右司を経て起居舎人。秦檜が金と和議を進める際、吏部侍郎晏敦復ら7人とともに反対の疏を上げた。秦檜が上の面前で和議を論じた際、直前に進み出て義を引いて反復数刻争い、その場で中寒(風邪)にかかり卒去した。高宗はこれを悼み絹百匹を賻し遺表の恩を特別に与えた。